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翌日 レージェント学院。
ビアンカにだけは事情を説明したリアーヌだったが、その説明では埒が開かないと判断したビアンカは、ありとあらゆる質問をリアーヌに投げかけた。
リアーヌも説明をするよりも、聞かれたことに答える方が楽だったので、聞かれるがままに全て――リアーヌが答えられる限りの全てに――次々と答えていった。
……それでも納得できなかったビアンカは、昼休憩にリアーヌのご機嫌伺いにやってきたゼクスを捕まえて質問攻めにしていた。
(――そうだよ。 ちょっと忘れてたけど、私婚姻承諾書なんてものにサインなんか書いてないんだよ! そうですよねビアンカ先生! 疑われてるんだから出所を明らかにするべきですよねっ! いいぞもっとやれ‼︎ ――え……? あれ? 今、唐突に買収されました……? 「ビアンカ嬢も写本なさいーー」ぐらいのところで食い気味に「よろしいんですの⁉︎」って答えました……⁇ ――オイ、私の代わりに書類偽装のカラクリを暴いてくれるんじゃなかったの⁉︎)
唖然とするリアーヌの横で、先ほどとは一転し、にこやかに会話をしている二人。
リアーヌがオズオスとビアンカに話しかけようとすると、ゼクスがリアーヌと大切な話があるのだと言い出した。
その言葉にリアーヌが反応するより先に、ビアンカは素早く立ち上がりさっさと一人で教室に戻って行くのだった。
(喧嘩とかしたわけじゃないのに、この庭からビアンカの背中を見送ることになるとは思わなかったな……)
そんなことを考えていたリアーヌの隣にゼクスがゆっくりと腰掛ける。
そしてリアーヌに向かってニッコリと微笑むと、少しだけリアーヌの方に顔を近づけて小声で話し始めた。
「――つまり、デート……?」
「そ。 せっかく婚約したわけだし、今まで以上にお互いを知る努力をしてもいいのかなー? って」
「知る努力……」
眉間にシワを寄せ、なにやら小難しく考え込み始めたリアーヌの様子を察知したゼクスはクスクスと笑いながら口を開く。
「そんなに難しく考えないでさ。 もっとちゃんと話とかしたいから、放課後に美味しいお菓子でも食べながらどうですか? ってお誘いだよ」
「…… 私、お金持ってないんで、一度家に帰ってからでも?」
「デートだって言ってるでしょ? 俺に払わせてよ」
「え……っ」
ゼクスはその時初めて、リアーヌが恋する乙女のようにキラキラと輝く瞳を自分に向けていることに気がついた。
そしてモジモジと指同士を絡ませながら何かを言おうとしている。
(――いっそ感心するほどにブレない娘だな……)
「そっそれって奢りってことで大丈夫ですよね⁉︎」
「もちろん」
「――行かせてください!」
リアーヌはベンチから立ち上がって、ゼクスに向かい深々と頭を下げる。
「うん、止めようか。 本当にまずいから……!」
「え、あの……感謝の気持ちを……」
ゼクスは少々強引にリアーヌの身体を真っ直ぐに立たせ、元のベンチに座らせると、まだ何かを言いかけているリアーヌを遮るよう、大きな身振り手振りで、真面目に話しかける。
「貴族になったとはいえ、俺は男爵で君はボスハウト子爵家のお嬢様なんだ。 そのお嬢様に頭を下げさせていたなんて噂が出回るのは俺が困る。 ……貴族ほど身分にこだわる生き物はいないだろ?」
「……でもゼクス様は正真正銘男爵で、私はただの子爵家令嬢ですよ?」
「貴族の家族はそれと同等に扱われるべき――そういうことかな? 子爵や男爵だけにどれだけ気をつかっていても、奥方を蔑ろにされたらみんな面白く無いだろう? それにその理屈でいったら、どの家も先代には気を使わなくてもいいってことになっちゃうよ?」
ゼクスは大袈裟に肩をすくめながら困ったように眉を下げた。
「あー……それはダメですね?」
「だろ? だからリアーヌ嬢も軽率に頭とか下げるとか無しだよ」
「はい……」
シュン……と肩を下げてしまったリアーヌに、クスリと笑ったゼクスは再びデートの話を持ち出した。
「――リアーヌ嬢はどこか行ってみたい店ある?」
「お店ですか……」
(――あっそういえば、新しく出来たお店で人気が出そうなトコがあるってビアンカが教えてくれたっけ……あったかいチョコレートのスイーツとか絶対美味しいよ! ――今度一緒に食べに行こうって約束てて――これは……ゼクスの奢りで行けてしまうのでは⁉︎)
「あ、あのビアンカも誘っていいですか⁉︎」
「――……リアーヌ嬢、デートの意味知ってる?」
「――ぁっ……」
(そうだった……これデートのお誘いだった……――奢りって事実に目が眩んでしまった……)
キュッと唇を引き結びながら、ツーッとゆっくり視線を逸らすリアーヌ。
そんな程度で誤魔化されるようなゼクスではなかったのだが、円満な放課後デートのため、それ以上の追求はしたいようだった――
◇
その日の放課後。 洋菓子店、ランボワ店内――
入店当初は緊張からかギクシャクとしていたリアーヌだったが、注文したスイーツが届いてからは終始笑顔で、食べ終わった後も緊張が戻ることは無いようだった。
二人は口直しのお茶を飲みながら、当たり障りのない会話を楽しんでいく。
その時ちょうど二人が座っている席から見える店の外の道を、五、六人の子供たちがキャッキャと楽しげな声を上げながら駆けて行くのが見えた。
(元気だなぁー)と思いながら子供たちの姿を目で追うリアーヌ。
なんとなく見えなくなるまで見送ってから顔を前に向き直した。
すると、目の前に座っているゼクスが、子供たちが走っていったであろう先を表情を曇らせながら見つめているのに気がついた――




