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◇
その日の夜――
気がつくとリアーヌは何もない真っ白な空間に寝巻き姿でふよふよと浮遊していた。
(なんだこれ……? ここどこだ……⁇)
ぷかぷかと浮かびながら首を傾げていると、急にどこからともなく音楽のようなものが聞こえてくる。
ピロピロン♪
デッデッデッデッデッデッデーデー、デッデッデッデッデッデッデーデー
どことなく聞き覚えのあるその音楽に、凄まじく嫌な予感を感じて、ジタバタと手足を動かしながら辺りを見回す。
するとドットで書かれたような文字のディスプレイがあり、そこには日本語でこう書かれていた。
【……おや⁉︎ リアーヌの様子が……!】
その文字を見た瞬間、リアーヌは「び、ビービービービービー!」と、大きな声を上げていた。
(なんで! やめて! 私今キャパオーバー! これ以上なにが変わるっていうのよ⁉︎)
心の中で怒鳴り散らしながらビーボタンを探すリアーヌの耳に、デーデーデーデデデデッデデー……という音楽が聞こえ、その瞬間ディスプレイに書かれていた文字が変化した。
【おめでとう! リアーヌは悪役令嬢に進化した!】
「っびぃぃぃぃぃ‼︎」
そう叫びながらリアーヌはベッドから飛び起きる。
「――っあ……――夢……?」
肩で息をしつつも、ようやく見慣れた自分の部屋を見回しながらホッと息をつきガクリと脱力する。
「お嬢様⁉︎ どうなさいました⁉︎」
そう言いながらリアーヌ付きのメイドが大慌てで部屋に駆け込んでくる。
「あ……あの……お、恐ろしい夢を見てしまって……」
しどろもどろになりながら、申し訳なさそうに身を小さくするリアーヌに、メイドはホッとしたように微笑むと、
「昨日はたくさん驚かれてしまいましたもの。 きっと夢にもそれが影響してしまったんですね」
そう言いながら、起き上がっているリアーヌにの肩にカーディガンをかけた。
「昨日……」
「あら、まだ夢の中ですか? ――ご婚約おめでとうございます」
クスクスと笑いながら揶揄うように言ったメイドは「起きられる時間までもう少しありますから、ゆっくり休まれてくださいね」と言いながら、そのまま部屋を出ていった。
「――あ、そこは夢じゃないわけだ……?」
(――ってことは……あの夢ほぼほぼ現実ってことだな……?)
そう理解したリアーヌは、はあぁぁぁっと特大のため息を吐きながら、ドサリとベッドの上に倒れ込んだ。
「ゼクスの婚約者とか……マジで悪役令嬢に大変身じゃん……」
(――おい、これどーすんだよ……? ゼクスルートのシナリオ……――いや? すでに貴族になってるわけだから障害らしい障害はない……だからこその婚約者……?)
ゼクスルート最大の障害は身分差。
だからゼクスにだけは婚約者がいない。
(あと――ラッフィナート家の立ち位置的に、婚約者がいたとして、ラッフィナート家に強く出られる家なわけなくない? って考察もあったし、シナリオライターだかプロデューサーだかが『ゼクスルートでもし婚約者がいてもさっさと金とギフトで片付けそう』って発言してたらしいし……)
「……つまり、貴族階級なゼクスが主人公といい感じになっちなったら、正真正銘私が邪魔者で、恋の障害物で……――さっさと片付けられちゃう……? え、私のせいでこの家がお取りつぶしなんて未来がすぐそこに……⁇」
(……私が婚約者な以上、私がいたら二人は結ばれないんだから、絶対フェードアウトさせられるわけで……)
「――……今から『これから先、好きな人ができた場合、沢山のお金をくれたら快く婚約破棄に応じますからねっ!』とか言っといたら円満に婚約破棄できるのかなぁ……?」
そんなリアーヌの疑問に答えられら人物はおらず、ハァ……とため息を吐きながら枕に顔を押し付ける。
しばらくそうしてモダモダしていると、おかしな夢で体力と精神力を消費した身体は休息を必要としていたらしく、いつの間にか訪れた心地のいい浮遊感に逆らうことなく、その目を閉じる。
そして、再び夢の世界へと誘われ行くのだった――




