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「ええとですね……?」
ゼクスとしてもギフトに関する条件を変更ことは簡単ではなかったので、難色を示すように声をかける。
ラッフィナート――ゼクスとしては、リアーヌのギフトを独占すること、この婚姻の半分の目的はそれだった。
にも関わらず、結局ボスハウト家側が采配の決定権を持つというのは、到底納得できる条件ではなかった。
そんなゼクスの様子を横目で観察していたヴァルム。
ゼクスへの嫌がらせと、子爵夫妻への助言を兼ねて、自分の意見を述べるため、ニコリと穏やかな笑顔を浮かべながら口を開いた。
「お嬢様を迎えるために、男爵まで得られたラフィナート様ですから、お嬢様のため出来る限りの心使いを期待しても構わないのではないでしょうか……?」
この言葉を分かりやすく意訳するとこうなる。
『お嬢様と結婚するために叙爵までしたんだろう? ここまできて婚約話を反故にするかおつもりか⁇ ――口約束でも構わないから、当家の事情にも配慮すると約束しろ。 そうすれば子爵に取りなしてやってもいい』
例え口約束であっても貴族同士が交わした約束はどこまでいっても有効だ。
ましてやヴァルムには嘘を見抜くギフトがある。
その能力者が同席している中での約束は、正式な契約同等と見做されることだろう。
そうなれば確実にボスハウト家に有利となる――
ヴァルムはそう考え、なんとしてもゼクスから口約束を引き出そうとしていた。
しかし、ヴァルムの言葉にゼクスが応えるよりも早く、待ったをかけたのは子爵でもあるサージュだった。
「それでもダメだなぁ……」
「……あら、そうなの?」
ため息混じりにそう言うと、サージュは頭を抱え天井を見上げてしまった。
その姿を見てリエンヌは顔を曇らせる。
彼女の目にはその姿が、豪運のギフトを持っていても、貧しい暮らしから抜け出せなかった日々によく見た仕草の一つであったためだ。
サージュのギフトは、あくまでも感覚的なことしか教えてくれない。
なんだか胸騒ぎがしたり、嫌な予感を感じ続ける――これはダメな選択をしようとしている時に感じる感覚で、これが消えるような選択肢を選ばない限り、良くないことが起こる。
逆に心がポカポカと暖かくなったり、ワクワクと胸が高鳴る時は、その選択肢が自分にとって幸運が舞い込む選択肢だ。
――しかしそれを理解しているからといって、貧しいサージュが嫌な予感がする程度で仕事を無断で休むわけにはいかない。 断りたくとも詰んでいるような選択肢しか選べないことも多々あった。
そのせいで結局トラブルに巻き込まれ、いくら頑張っても日々の生活は豊かにならず――
歯を食いしばって不運を受け入れるような生活から脱却できたのは、長女リアーヌのお陰だった。
どこでそんな知恵をつけたのか、リアーヌには商人の才能があった。
菓子が欲しかったからと、たったそれだけの理由で金をかせいで来るような子供は稀だ。
しかもリアーヌはその金を使い切らず毎回家に入れては、また再び金を稼いでくる。
それだけで家計はずいぶんと楽になったというのに、リアーヌがもたらした幸運はそれだけではなかった。
その仕事を通じて、決して侮れない人脈を一家にもたらしたのだ。
それからは全てがトントン拍子に進んでいった。
以前は断れなかったことも、知り合った者たちに相談すればあっさりと回避することができた。
以前のような詰んでいるような状況になっても、回避できるような選択肢がどんどん増えていった。
結果トラブルは減っていき、一家の生活は豊かになっていき――
そしてあの日、リエンヌと出会った時と同じくらいの高揚感に従い、仕事を無断でサボってご婦人を助けられるくらいには、サージュの生活には余裕があるようになっていた。
そんなきっかけをくれたリアーヌの婚姻だ。 なるべく本人の意思に沿うよう、そしてより良い条件を付けてやりたいのだが――……どうしても最後の条件でイヤな予感を覚えてしまっていた。
「やっぱり、実家ばかり優先する嫁はダメかしら……?」
「実家ばかりか……」
「きっちり半分に分けたらどう? それなら優先にはならないわ?」
「……リアーヌの仕事量をか?」
あまりに現実的ではないリエンヌの提案に、サージュは困ったように眉を下げ、ゾワリと感じる悪寒に顔をしかめた。
それもギフトの反応で、やはり選ばないほうがいい選択肢のようだ。
「……やっぱりムリよね?」
リエンヌも現実的ではないことは分かっているのか、ため息と共に肩をすくめて見せた。
そんなリエンヌを慰めるようにその背中や腕を撫でるサージュ。
(――仕事の量で決まったりするか? 逆にうちの割合を四割に下げると……)
そう考えたと同時に、今度はゾクゾクという寒気が背中を這い回った。
(それでもダメか……)
「――こりゃ根本的にちげぇな……」
長年の感覚から、選択すべきはリアーヌの仕事量ではないと判断したサージュは(なら……一体、なにを選ぶんだよ……?)と少しの苛立ちとともに顔をしかめながら、自身のギフトと向き合う。
「――あー……」
側から見ると、不機嫌そうに黙りこくってしまった子爵の態度に、ゼクスは気まずそうに首の後ろあたりをかきながら、どのくらい譲歩出来るかを検討し、探るように声をかける。
「――例えば、この仕事はどうしてもリアーヌ嬢でなければ……という仕事で予定を組んでいって、その全てを受け入れてもらえるのであれば、それ以外の時間でどんな仕事を手伝おうと俺に異論はありません――もちろんうちの家族からの文句も言わせません」
「全て受け入れる……?」
ゼクスの言葉に多少の引っ掛かりを覚えたサージュがそう呟くと、その言葉を聞いて、肩をすくめたゼクスが答えるために再び口を開く。
「俺の一番の目的はリアーヌ嬢のギフトです。 そのためにここまでしているんだから、妥協はあまりしたくありません。 もちろんそれ相応の報酬も支払いますし、リアーヌ嬢が嫌がることを無理矢理させるつもりもありません。 ――義理の両親となられるお二人の頼みをわざと断るだなんてこともするつもりはありません。 ――ただし決定権を渡すつもりもないんです」
「――まぁ、そうだろうな?」
婚約を打診されている娘の父親として“一番の目的はギフトだ”と言い切る目の前の男を不快に思わないわけでも無かったが、それとは別に、ゼクスの提案を最初に聞いた時から、サージュの心はポカポカと暖まり始めていた。
――つまり、ゼクスのこの提案にはボスハウト家の、ひいてはリアーヌに幸運が訪れることを意味していた。
「――その条件ならば……問題はないように思う」
少々歯切れ悪く、家族に向かって話すサージュ。
ここに来てようやく認識したのだ。
これがなんのための話し合いなのか? ということを――




