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「……さすがに今のが分かんねぇのはダメだろー……」
サージュは苦笑を浮かべながら肩をすくめる。
「父さんはちゃんと分かったのかよ?」
そんな父の様子に、ザームは少し疑わし気に眉をひそめながらたずねた。
父が社交界で失敗らしい失敗をしないのは、ひとえにそのギフトだけのおかげだと思い込んでいる節があるようだった。
息子のそんな態度に、サージュは怒るわけでも苛立つわけでもなく、ニヤリと笑い得意げに解説を始めた。
「そもそも愛人の話をしてたんだぞ? なら大概は女の話だろーよ?」
「――確かに⁉︎」
父の一言に、目を見開いて大いに納得するザーム。
リアーヌも(そう言えばそんな話してた!)と父親に視線を向けて目を丸くする。
そんな子供たちからの視線に、滅多に感じられない尊敬の色を見て取ったサージュは、により……とその口元を歪ませると「そっかぁー?」と照れ臭そうに後頭部あたりをいじりはじめる。
そんな夫を見つめ、呆れた笑顔を浮かべて小さく肩をすくめたリエンヌは、この条件は問題ないと判断し「はいはい」と声をかけながら、未だにニヤニヤしている夫とキャラキャラと戯れ合っている子供たちの意識を自分に向けさせた。
「続けるわよー」
「はぁーい!」
母の言葉に、姉弟はほぼ条件反射のように息をそろえて返事を返した。
そして再び顔を見合わせてクスクスと笑いながら、テーブルの上の紙へと視線を落とした。
そんな家族を後ろから眺めていたゼクスは、同じように家族を眺めているヴァルムに向かい声をかける。
「本当、緊張感ないっすね……?」
「……これでいいのですよ」
再びそう答えたヴァルムの顔にほんの少しだけ、迷いのような感情が見えた気がするゼクスだった。
「――男爵の領地だけど……やっぱりリアーヌは付いて行った方が良さそうよ?」
「ええー? でも行きたくないなら行かなくてもいいって……」
リアーヌは母の言葉に唇を尖らせるとチラリとゼクスに視線を流しながら反論した。
どうせ行くのであれば、もっとゲームに関わりの深い土地や場所に行ってみたかった。
「でも行ったら良いことあるみたいよ?」
リエンヌは右のこめかみに右手中指を当て、目を瞑りながらニコニコと笑っている。
その仕草は母がギフトを使っている時のものだと、リアーヌはよく知っていた。
そして父の豪運同様、母のギフトにも逆らって良いことなど無いのだということも――
「……そうなの?」
「ええ。 リアーヌとても幸せそうだったわ」
「幸せ……そうなんだ」
どんなことが起こるのか、全く分からなかったが『とても幸せそう』と言われて悪い気はせず、ニヨニヨと歪みそうになる口を噛み締めてごまかした。
「――うちにとっちゃどうなんだ?」
黙って話を聞いていたサージュが、どことなく嬉しそうなリアーヌに気を使い、小声でそっとたずねる。
「私たちが困ってる様子はないし……――ならリアーヌが幸せなのが良いんじゃないかしら?」
「……困ってねぇならいいかー」
リエンヌの言葉にギフトで問題ない判断したサージュは、フッと身体の力を抜くと、腕を振り上げ、背中や腕をぐーんと伸ばし始めた。
「土産はたくさんだからな?」
会話の内容はあまり良く聞いていなかったザームだったが、どうやら姉がフルーツを沢山もらえる土地に行くことになった、ということだけはきちんと理解して、嬉しそうにニヤリと笑いながら姉に話しかける。
「フルーツ?」
「おう。 とびきり甘いヤツがいい。」
「えー……? 分かるかなぁ……⁇」
リアーヌは困ったように笑いながらも、小さい頃から食べることが大好きで、すぐにお腹が空いてしまう弟のために、もし行くことになった時は、沢山のフルーツを持ち帰ろうと心に決めた。
「……じゃあ最後。 ――仕事はラッフィナートを通す……」
リエンヌはそう言いながら顔を曇らせたまま、まるで問いかけるようにサージュを見つめた。
その視線をまっすぐに受け止め、フー……と大きく長い息をついたサージュは、何度か頷きながら口を開いた。
「これはダメだ」
「ええ。 ダメよね」
サージュの言葉に、すぐさまリエンヌが同意する。
(ダメ、なんだ……?)
リアーヌは両親の会話を疑問を感じ、ゆっくりと首を傾げた。
疑問に感じたのはリアーヌだけではないようで、リアーヌの隣まで歩いてきたゼクスは、不満という感情を隠すこともなく顔中に貼り付けて、子爵夫妻に向かって口を開いた。
「――妥当な条件であると自負しておりますが……――念のため、どのように変更したいのかご希望を聞かせ願っても?」
ゼクスの怒気すら含んだ言葉に、子爵夫妻は顔を見合わせると、ごくごく普通に相談をし始める。
そんな子爵夫妻の態度にキョトンと目を丸くしたゼクスは、「まさか存在すら丸ごと無視されるとはね……」と呟きながら、苦笑混じりに肩をすくめた。
「――エンテが困ってるの。 だから印刷所の仕事ができなくなってるのよ」
リエンヌが先ほどのように、こめかみに中指を押し当てながら脳裏に浮かぶ映像を険しい顔で見つめている。
「……この条件、何やってもダメっぽいな?」
サージュも呆れたような口調で言うと、脱力するように背もたれに身体を沈み込ませ、ため息とともに腕を組んだ。
「――つまり、今までお嬢様が関わっていた奉仕作業もラッフィナート商会を通さねばならず――にも関わらず許可を出すことはない――と言うことでございましょうか?」
ヴァルムがチラリとゼクスに視線を流しながら子爵夫妻にたずねる。
「そう……なのかしら?」
ヴァルムの質問にリエンヌは首を傾げながら質問を投げ返した。
リエンヌのギフトで分かることは、自分の家や家族が大きな損得をするのかどうか? と言う部分ばかりだ。
ヴァルムにたずねられたような、何が原因なのか? と言う質問に対する答えは持ち合わせていたなかった。
「――どうなんです?」
質問を投げ返されたヴァルムは少し考え、小さく鼻を鳴らしたのちに、ニヤリと黒い笑いを浮かべながらゼクスに訪ねた。
多少でも揺さぶって、ラッフィナート商会から、なにかしらの情報が得られれば儲けものだと考えていた。
「生憎とまだなにもしていないんですけどね……――そりゃうちと契約した以上うちの用事が優先なのかなー? とは思いますけど……」
そんなゼクスのボヤきのような、独り言のような答えを聞き、子爵夫妻は再び顔を突き合わせながら相談をし始める。
「――どう? ああいってるけど……解決出来るかしら⁇」
「……優先を外せるなら……?」
「でも……お嫁に行っておいて、嫁ぎ先を優先しないのって……」
「……――嫁としちゃ可愛げはねぇな……?」
「そうよねぇ……?」
子爵夫妻は、眉間にシワをこれでもかと寄せながらそんな会話をしつつ、ウンウンと頭を捻る。




