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成り上がり令嬢暴走日記!  作者: 笹乃笹世
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「ヴァルム殿……――現実を見ましょう? ボスハウト家だけじゃ無理ですって……」


 その言葉には多少の笑いが含まれてしまったが、ゼクスとしては本心からそう言っていた。


 ゼクスは理解していた。

 リアーヌに――おそらくはこの姉弟に貴族の細やかな駆け引きは無理だ、と。

 そしてそれは事実だった。


 ゼクスが今一番懸念していることは、それをフィリップも理解していると言うこと――

 何かを仕掛けられるならば、入学したてでお付きを付けられない今が一番危険だった。

 学院内でどんなことを仕掛けられるかゼクスにも読めない。 

 ――決して少なくは無い覚悟を持って叙爵を受け入れた今、抱え込んだばかりの獲物をよりにもよってフィリップに横取りされるなど、絶対に避けたい未来だった。


(――実際、俺が仕掛けたのだって学院内だしー……)


「……人の成長に時間は付き物なのです……」

「今のままじゃ成長してる真っ最中に絡め取られちゃいますよ……?」

「――だとしても……婚姻は……」


 そう言ったヴァルムの言葉に、ようやく混じった迷いの音を敏感に感じ取ったゼクスはそれを好機と捉え、素早く言葉を重ねた。


「今、俺――ラッフィナートをが出した条件よりいい条件を提示する家なんて、なかなか無いと思いますよ?」

「条件……それは――」


 ヴァルムはここで大きく息を吐くと、意見を求めるように主人でありリアーヌの父親でもあるサージュに視線を向けた。


「……確か実家にすぐ返ってきていいんだったな?」


 視線を送られたサージュはスッとリエンヌの方に身体を傾けると、ゼクスが提示したと思われる条件を確認し始めた。


「あとフルーツもくれるって」


 ザームが嬉しそうに答え、両親はその言葉に一瞬固まったのち、曖昧に頷きあう。


「――確かに言ってたわね……? いいわ一度紙にでも書き出して、まとめてみましょう」


 リエンヌのその言葉をきっかけに、一家は――リアーヌまでもがいそいそと集まって――わいわいと声を掛け合いながらテーブルの上に紙とペンを用意して、頭を突き合わせつつ、あーでも無いこーでも無いと、話し合いを始める。


「――……緊張感、無いっすね……?」


 その光景を少し離れたところから眺めていたゼクスは、同じくその光景を眺めていたヴァルムに話しかける。


「――これでよろしいのですよ。 当家の全ては旦那様と奥様がお決めになられるのですから……」


 なぜか誇らしげに胸を張り、優しげな瞳で心底嬉しそうにそう微笑むヴァルム。

 そんな姿にゼクスは心の中で(意外だな……)と驚き、軽く目を見張った。


 この家の代替わりについてはあらかた情報を集めたつもりでいたが、この執事がここまで今の主を慕っているとは思っていなかった。

 ――だが実際は、これ以上ないほどに経験の少ない主夫妻を立てている。


(……あれ? これ本当に立ててるのか……?)


「――いや、流石に丸投げは職務怠慢すぎるのでは……?」


 先代より支えていたベテラン執事が、新当主になんの助言もしないなんて……と声をかけると、ヴァルムは少しムッとしたように眉を跳ね上げて口を開いた。


「――……当家はこれでよろしいのですよ」


 そして再び視線を一家に戻す。

 頑なに意見を変えない執事に、ゼクスの口からは戸惑いの声が出るが、それに反応する者はもはやこの部屋の中にはいなかった。


 母リエンヌが紙に条件を書き込んでいくのを父は隣から、リアーヌたち姉弟はテーブルの反対側から身を乗り出して見つめている。


 ゼクスは、客人である自分がまだここにいるというのに、ホスト一家がここまで常識にとらわれない言動をしてくれるのなら……と、自身も出された紅茶のカップを手に立ち上がり、そろそろと顔を突き合わせている家族たちに近づきその会話を堂々と盗み聞いた。

 ヴァルムはそんなゼクスの態度に眉をしかめたが、無礼を犯しているのはこちらが先と分かっているためになにも言えず、ゼクスにだけ聞こえる程度のため息をつくだけに留めた。


「じゃあ……まずはお友達とは好きにお茶会ができる、パーティーにも行ける。 でも行くのがイヤなら出なくてもいい――これについてね。 ――本当に可能なのかしら……?」


 リエンヌがそう言いながら家族を見渡す。

 リアーヌとザームは首をかしげるばかりで、意見らしい意見を出すつもりはないようだ。


「――可能かどうかは知らねぇが、やめといたほうがいい」


 そう言った父の言葉に大きく目を見開いて驚くリアーヌ。


「なんで⁉︎ この私がパーティーやお茶会に出たら、ほぼ間違いなくラッフィナートが笑いものになるよ⁉︎」

「うん……そこまで分かってるなら、これから頑張って欲しいなかな……?」


 自虐なのか自身の経験に基づいた自覚だったのか、判断に困るゼクスだったが、原因に心当たりがあるのであれば、解決する努力をして欲しかった。


「――ビアンカ先生と一緒ならそこそこは出来るんです……」

「……俺は男爵だし、実家は商家だからね……? 辺境伯ご令嬢のビアンカ嬢引き連れて参加するのにも限度があるよ……?」


(――そうだった……ビアンカさんってば扱い的には伯爵家相当だった……――むしろ私がひっついて――いや無理でしょ。 やらかした段階で友達からの降格処分だよ⁉︎)


「……ビアンカと二人きりでのお茶会以外、全部お断りとか……?」

「――構わないけど……多分それ、リアーヌにヘイト向いちゃうと思うけど……」


 リアーヌの提案に、ゼクスは困ったように眉を下げながら答えた。


「ヘイト……?」


「――ああ、そう言うこと……」


 ゼクスの言葉にリエンヌが納得したような声を上げた。


「どう言うこと?」

「貴方は男爵婦人になるの。 貴族ではあっても一番の下っ端よね?」

「……まぁね?」


(貴族ってだけで、十分な世の中な気もするけど……)


 そう思いながらリアーヌは母の言葉の続きを待った。


「でもリアーヌは他の貴族からお茶会やパーティーに誘われても断っていい――問題なく断れてしまう(・・・)のよ。 ……だって旦那様はラッフィナート商会の唯一の跡継ぎなんですもの」


 そこまで説明されて、リアーヌはようやく、なぜお茶会に出ないと自分にヘイトが向いてしまうのか理解した。

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