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「――それで聞いたことありませんか?」
「……ウワサ程度であれば」
改めて質問を重ねたゼクスにヴァルムは奥歯を噛み締めながら短く答えた。
「ダブルやトリプルですらそんな悲劇に巻き込まれる可能性があるというのに――……リアーヌ嬢は大丈夫なんでしょうか?」
(私? 私は……⁉︎ 待って? 私、今いくつのギフトが使える⁉︎)
ゼクスの質問にリアーヌは自分がとんでもない状況に置かれているということを、ようやく自覚する。
「四つ? 五つ⁇ ――どちらにしろ増やそうと思えばまだ増やせますよね? ――その上……【コピー】というギフト、王家が密かに集めているという、コレクションギフトの一つでしょう⁇ ――今のボスハウト家に王家からの圧力を全て払い除ける力はあるんでしょうか……?」
そう言ったゼクスはヴァルムに向かいニヤリと挑発的に笑って見せる。
途端に部屋の中に威圧と殺気が充満する。
それを放っているのはヴァルムだけではなく、壁際に控えるメイドたちやジッと話を聞いていた子爵もギロリ……とゼクスを睨みつけていた。
直接喧嘩を売られたヴァルムだけは、その顔に暴力的な笑みを貼り付けて、見た目だけはにこやかに話を続ける。
「――まるでラフィナート家ならば守れる……いえ……守るつもりがある。 とおっしゃっているように聞こえますね?」
「――言ってるつもりなんですけど?」
ヴァルムはゼクスの答えを聞き、その顔から一切の表情を消し去った。
答えられないだろうと、たかを括って口にしたその質問にあっさりと答えたばかりか、その答えからは少しのウソもごまかしも感じ取れなかったためだ。
(……どういうことだ? この男は本当に王家からのお嬢様を守るつもりでいる――と……?)
「……本気、でしょうか?」
ヴァルムは長らく付き合ってきた自身のギフトですら信じ抜く事ができず、さらに質問を重ねた。
ジッと自分を見つめてくるヴァルムの様子に何かを感じ取ったのか、ゼクスは困ったようにヒョイっと肩をすくめると、フッと小さく息を吐き出してから喋り始めた。
「これはあくまで俺個人としての意見ですけど……――せっかくの能力が“コレクション”なんて名目でぶんどって行かれるのおもしろくないんですよねー……もったいないじゃないですか。 そりゃ一昔前なら、戦争や下剋上に暗殺……ギフト持ちはいればいるだけ身を守れたのかもしれませんけど、今はそんな心配する必要もないほどに平和なんですよ……――戦争の前は人も物も流れが代わりますから。 良く言うでしょう? 商人が国を捨てると戦争が起こるって……――あれ実は逆で、商人たちはその経験からこの物流はヤバいって、察知してるだけなんですよねぇー……――そんな商人たちが平和な時代になったって太鼓判押してるって言うのに、王家や貴族たちは今だにギフト持ちをコレクションのように囲って自慢しあってる――この現状って……本当おもしろくないんですよ」
「――その末端に名を連ねたばかりだと言うのに……ずいぶんな物言いですね?」
ヴァルムは呆れたように首を振りながら答えるが、その内心ではゼクスのことを少し――いや、かなり見直していた。
今の言葉のどこにもウソが感じられなかったためだ。
発言自体はとても褒められたものではなかったが、それでも言葉を尽くして自分の考えを伝えようとするゼクスの態度には好感が持てた。
(――だからと言って平民風情に当家の大切なお嬢様を渡してやるつもりはございませんがね……)
ゼクスはヴァルムのまとう空気が変わったことに少し驚きながらも、話を続けた。
「――正直、リアーヌ嬢にちょっかいかけてきてるところがデカすぎて、奪われる可能性が高かったってのと――……そろそろうちに向けられる疑惑や悪意を本格的に対処したかったんですよね」
「――その割には大きな問題を抱え込もうとしておられるが?」
「うちは今でこそだと判断しました」
「今でこそ……」
「陳腐なシナリオになっちゃいますけど……――いつまでものらりくらりと叙爵を先延ばしにしてきたのに、とあるお嬢様と出会い、その方と縁を結ぶために条件付きとはいえ叙爵を求める――なんてどうでしょう? この先そのお嬢様がコレクションズギフトの持ち主だと判明しても、そう簡単に手は出せないようにしていくつもりです。 すでに爵位を得た今、それはたくさんの方々が私の――いえ正確には実家の金を目当てに群がってる状態なので。 ……多少の端金で気を緩めてくれるような連中は――弱みを見つけるのも容易い」
そう言ってニヤリと笑ってみせるゼクス。
そんなゼクスにヴァルムもほんの一瞬だけ口角を引き上げ、執事らしからぬ笑みを浮かべてみせた。
「――なぁ、あの二人なんの話してんだ?」
いつのまにかリアーヌの隣にはザームが佇んでいて、姉の耳元で声をひそめて質問する。
「……私のギフトがすごい」
「……王家がどうのって言ってたじゃん?」
「……王家もねぇちゃんを雇いたい……?」
「――それで嫁には行くのか?」
「……行かなくて済むようにヴァルムさんが頑張ってる……はず」
ヒソヒソと繰り広げられる兄弟の会話。
やはり静かなこの部屋では、ほかの誰も喋らなければ、会話の内容を盗み聞きすることなど簡単で――
すぐに聞き耳を立てたゼクスと、それに釣られるように兄弟の会話を聞いていたヴァルム。
二人はその会話を聞きながら、ゆっくりと顔をしかめ、そして頭を抱えるようにその額を抑え始めた。
二人の違いといえば、ゼクスの方は顔をしかめながらも口元にはしっかりとした弧を描いていて、時折、堪えきれなかった吐息のような笑い声がその鼻から聞こえる事ぐらいだろうか――




