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しかしボスハウト家の者たちはゼクスをジッと見つめ続け答えを求める。
しばらくしてゼクスは少し諦めたようにため息をついてグチるように話し始めた。
「そちらがリアーヌを守りたかったように、――……ウチだって生き残るために必死なんです。 ――そのためにリアーヌ嬢が必要だという判断になりました……結果、今の状況です」
「――私の力が必要なら、今までの契約内容のままでも良かったんじゃ……?」
ゼクスが必要だと言ったのはリアーヌ自身であり、その能力のことではなかったのだが、今話し合っておくべきはその話ではないと判断して一番伝えるべき情報をボスハウト側に提供した。
「――だってあの契約を陛下に認証させたの、100%うちへの牽制だろ?」
ゼクスははっきり眉をしかめ、どこか拗ねたような表情で、咎めるように言った。
(牽制――ああ! 王様の認証を受けたすっごい契約にしてもらったんだった!)
「……あれでうちの家族、目の色変えちゃったんだよ……」
「え、あれで⁉︎」
「――あの書類用意するのに、うちはとんでもない額の代償を支払った。 もちろんその程度じゃうちは揺らがないけど……ボスハウト家はそんな代償もなしに同じことをしてのけた……――そのコネが欲しくなるのは普通じゃない? しかも王家へのコネだなんてーー……今のうちが一番欲してるものだ。 そりゃ目の色も変わるって……」
(……――つまりゼクス的には私のギフトを独占しておきたかっただけってこと⁉︎ じゃあ、あのまま私が騒がなければ、こんな事態にはなっていなかったということで……⁉︎ ――ヴァルムさんごめんなさいっ! せっかく苦労してくれたのに思いっきり裏目っちゃいました⁉︎)
申し訳なくなりながらヴァルムに視線を送ると、ヴァルムも同じ考えに至ったのか、苦虫を噛み潰したような顔つきになっていた。
「――それに……多分リアーヌ嬢、よそにちょっかい出されないくらい強い契約結んどいた方が安全だと思うけど……?」
「……それ、ゼクス様が言っちゃいます……?」
「まぁそうなんだけど……」
呆れ顔のリアーヌに突っ込まれ、ゼクスは居心地が悪そうに同意しながら首の後ろを撫で付けた。
「――でもリアーヌ嬢、知らない間に自分に不利益な契約とかしちゃいそうで……」
ゼクスが続けた言葉に、リアーヌの喉からうっうめき声がもれる。
今の現状こそがそれそのものだと、きちんと理解しているようだった。
「……今回のようなことが再び起こる、と?」
そしてリアーヌと同じ考えのヴァルムが、引きつりそうになる頬を笑顔で押さえつけながら、一際低い声で言った。
「――自慢じゃありませんけど……」
そんなヴァルムに肩をすくめたゼクスは、ため息混じりに喋り始める。
怒らせるようなことをした自覚はあったが、その上で自分がこれから言うことは正しいという自負があった。
「俺はかなり良心的な条件提示をしてると思ってます。 ――リアーヌ嬢を、ボスハウト家になんの敬意も払わないヤツだったら、こんな条件絶対に提示してこないと思いますし? ……それこそ、リアーヌ嬢の人権なんかなくなっちゃうんじゃないですか⁇」
「ええ……?」
(いや、私のギフトをここまで高く評価してるのは今のところ貴方だけなのですが……――あ、ワンチャン王家も……? でも、ゆうてコピーはコピーなわけで……オリジナルが居るなら、私じゃなくて良いまであるのでは? ――なのに私の人権が無くなる契約とか……いくらなんでもそこまでやる?)
「――そんな話ありえないって思ってる?」
再びリアーヌの表情から、彼女の思いを読み取ったゼクスは、クスリと笑いながらたずねた。
「……コピーってことはオリジナルがいるわけですから……狙われるならそっちなのかなと……」
親が小さな子供を諭すようなゼクスの言いかたが面白くなく、リアーヌは少しだけ唇を尖らせながら答える。
「――ダブルやトリプルって言われる人たちがどんな扱い受けるか知ってる?」
「ダブル……トリプル――」
リアーヌは気が付かなかったが、そのゼクスの発言に、ヴァルムの顔が驚愕で歪んだ。
(ああ! 生まれつきギフトを二つ、三つ持ってる人たち! ……実際会ったことはないけど、ウワサ話程度ならたくさん聞いてる)
「――噂だと、珍しくて取り合いになるから、すっごい高い給料で雇ってもらえるって話ですよね。 羨ましいです……」
「……まぁ、表向き――というか、ちゃんと生活していける家庭に生まれた者にはそんな未来もあるんだろうけどね……」
「ちゃんと……?」
「お金に困ってるような家に生まれちゃったら――貴族に売られて、一生をその貴族に捧げる――なんて話もよく聞くんだけど……知らない?」
「初耳です……」
(え……? お金で売られて一生を貴族のために……⁇ ――それって奴隷って言わない……⁇)
「皆さんはどうですか?」
ゼクスはグルリと部屋の中を見回して、ヴァルムや子爵夫妻に声をかける。
首を傾げているザーム以外の者たちは、苦虫を噛み潰したような顔でゼクスからそっと視線を外した。
その表情を見て、自然と口角を引き上がるゼクス。
答えは誰からも返ってこなかったが、その態度が答えそのものだった。
「……そのお話とお嬢様と、一体なんの関係があるというのです? まさか我がボスハウト家にはその程度を跳ね除ける力もないと?」
「まさか。 ラッフィナートは、ボスハウト家のお力を十分に認めているからこそ、縁を繋ぎたいと願っているのですよ」
不愉快そうに睨みつけてくるヴァルムを笑顔で交わすゼクス。




