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「私共使用人はそちらでも構いません。 どうかラッフィーナート家の保護を受けたく――」
「――分かりました。 家に帰り次第、全支店に通達を出します。 みなさん、どうぞお好きなラッフィーナート家の店、倉庫、船に避難してください」
ゼクスはそう答えながら、未だにガタガタと震えているリアーヌを救い上げるように抱き抱え、馬車へと歩く。
「ありがとうございます。 ――今の話を聞いていた者、全員への連絡を徹底。 そして準備が済んだ者たちからすぐさま離脱なさい」
その言葉にオリバーやカチヤたちが「はっ!」と短く答えながら屋敷の庭や裏手に走り去っていく。
その様子を素早く見送りながら、ヴァルムはリアーヌたちでみちみちになっている馬車の中、一番ドア側にいる娘アンナに声をかけた。
「……必ずやお守りを」
「――はい」
それだけの言葉で、最後になるかもしれない挨拶を交わし合う親子に、リアーヌは再びイヤな予感を覚える。
その予感に突き動かされるようにリアーヌは声をかけていた。
「――すぐ来て下さい!」
「……用意を済ませましたら、すぐにでも――ご安心ください。 我らはボスハウト家に忠誠を誓い、お仕えする者……その辺の輩に遅れなど取りません」
にこやかに返すヴァルムだったが、その答えでリアーヌからイヤな予感が消えることはなく――
それはサージュも同様だったらしく、馬車の奥からヴァルムに声をかけた。
「――出来うる限り手早く用意を済ませろ。 そして全員でこの屋敷を出ろ。 どんな理由があろうと一人たりとも残ることは許さない。 ――これはボスハウト家が当主としての命令だ」
そんなサージュの言葉に、ヴァルムはほんの少しだけ表情を歪ませ、泣きそうな顔をしたが、すぐさま表情を引き締めると軽く頭を下げながら「はっ!」と答え、素早く馬車のドアを閉めた。
すぐさま走り出す馬車。
――その馬車に揺られながら、リアーヌの震えはなくなっていき、気分も良くなっていった。
ホッとすると同時に、ヴァルムたち使用人たちのことが心配になる。
「……大丈夫かなぁ?」
「平気だろ」
リアーヌの呟きにこともなげに答えたのは父であるサージュだった。
しかしリアーヌはそんな無責任な答えが気に入らず、ムッとしながら言い返していた。
「そんなの分かんないじゃん!」
「……お前イヤな予感が続いてんのか?」
「それは、無いけど……」
「なら平気だろうが」
「で、でも! それは私たちが安全になったからなんじゃないの⁉︎ ヴァルムさんたちの安全はまた別の話じゃん!」
そう言い放ったリアーヌに帰ってきたのはゲラゲラという、父の豪快な笑い声だった。
「バッカ言えお前! ヴァルムさんが無事じゃなかったら、この先うちがやってけるわけねーだろ!」
真剣に心配していたことを豪快に笑い飛ばされ、反射的に顔をしかめたリアーヌだったが、その言葉の内容を理解すると同時に「――それはそう」と大きく頷いて同意を示した。
そしてそんな会話を聞いていた馬車の中に押し込められた他の者たちは、ほんの少しだけ微笑みを浮かべると(この二人が言うならそうなんだろうな……)と、ホッと安堵の息を漏らしたのだった――
◇
ラッフィーナート家の本邸へと馬車を走らせる道すがら、両家の位置関係的に王城の近くを通ることになるのだが、リアーヌたちを乗せた馬車が、王城から続く大通りを通り過ぎた瞬間、王城のある方向からから何台もの馬車、そして騎士を乗せた騎馬隊が通り過ぎていく――
それはボスハウト邸の方角へ進んでいるようで――馬車の窓のほんの少しの隙間からその光景を見ていたリアーヌは、残っているかもしれない家人たちを思い不安に襲われる。
その不快感が自分の不安から来るものなのかギフトの力なのか、リアーヌには判断がつかず、悔しそうに唇を噛み締めていた――
そうして辿り着いたラッフィーナート家の本邸。
念の為にと、納屋に収納されてから裏口を通り、本邸へと入り込む。
その間にもゼクスは使用人に、ボスハウト家周辺を優先的に、そこの使用人たちの保護を伝えることを指示していく。
「……間に合いますかね?」
立ち去る使用人たちの背中を見つめながら不安そうにたずねるリアーヌに、ゼクスは安心させるように自信満々に頷いて見せた。
「――大丈夫。 うちの店の者がボスハウト家の関係者を邪険に扱うわけがない。 それに、あれほど目立つ馬車や騎馬隊が街中をかけていったんだ。 何かあったことぐらい理解してる。 だから余計にこっちの判断を仰ぐくらいの対処はしてくれるよ」
「です、かね?」
「知らないの? うちの店の従業員、みんな優秀なんだよ?」
冗談めかしたゼクスの言い方に、リアーヌがかすかに微笑み返した時、これから向かおうとしていた応接室が開き、中からゼクスの祖父母や父が続々と廊下へ出てきて、サージュやリエンヌに声をかけ始めた。
「ああ! 無事だったんだね⁉︎ 城から出た騎士がボスハウト家のほうに向かったって聞いて、気が気じゃなかったよ!」
「災難だったなぁ? ……いや、お前さんなら切り抜けられるとは思ってたが――何事にも万が一、はあるだろう?」
「さぁ中に入って休んでくれ、ほら入った入った」
そう声をかけながら肩や背中を叩きながら、応接室へと入るように促す。
「迷惑かけてすまねぇな?」
サージュが片手を上げながらあいさつすると、クライスたちは気さくに近づきながら腕や背中を叩いていく。
「気にすんな!」
「そうだ、もう親戚みてぇなもんだろうが」




