502
「ふふっ だね?」
鼻息も荒く言うリアーヌに、ゼクスが笑い声をもらした瞬間だった――
ベッティが急にガタリと音を立てながら立ち上がると、ワナワナと震えながらリアーヌを睨みつける。
そんなベッティに護衛たちが素早く立ち位置を変えるが、そんなことはお構いなしにリアーヌを睨みつけたまま、クワリッと口を開いた。
「――どういうことよ⁉︎ なんでゼクスの夢が変わってるの⁉︎ アンタになんの権限があって、ここまで改悪するわけっ⁉︎ 私のゼクスを返してよっ‼︎」
(……え、ゼクスの夢……? ――……変わってんの? 友だちが欲しかったなぁ、とか……? いや、流石にもう友達の一人や二人いるだろうし……――ゲームでそんな話出てきてた……?)
わけが分からずゼクスに視線でたずねようとするが、ゼクスは警戒を濃くした顔つきでベッティを見つめながらリアーヌの前に手を差し出し、すぐに庇えるようにしていた。
「――俺の夢? さっきの答えが全てだと思うけど……――君の意見は違うわけ?」
「あなたの夢はお父さんを超えることだったんだよ⁉︎ それをこの女が好き勝手やって変えちゃって……――ねぇコイツになんて言われたの? 他の人になにか言われたぐらいであなたの大切な夢を捨てないで!」
「……もしかして俺たちって初対面じゃなかったりする?」
必死に言い募るベッティにゼクスは訝しげな顔を向けながらたずねた。
「え……」
「――確かに子供の頃の俺は、じーさんや親父を超えたいと思ってたけど……――俺もう、男爵っていう立場だからさ? 自分のことばっかり優先してられないんだよねぇ……」
「優先……? どういう?」
「いや、少ないけどコレでも領地持ちなの。 それってつまり、俺がちゃんとやんなきゃ苦しむ人や最悪死人まで出るってこと。 ……なのに『俺の夢は親父たちを超えること!』なんてガキみてぇなこと言ってらんないでしょ……――君がいつどこで俺の夢の話聞いたのか知らないけど、昔と今じゃ立場が違うんだ。 ――それに、今だってやりたくないこと無理にやってるわけじゃないし……――うん。 やっぱり俺の今の夢は借金返済かな?」
そう肩をすくめたゼクスに、ベッティは呆然とした表情を浮かべながら、ドサリとソファーに座り込む。
そして俯いたまま、なにやらブツブツと独り言を呟き始めた。
「――なにそれ、なんでそんなこと……だってゼクスは貴族になったって幸せになれないじゃん……私はあなたの夢を応援したくて……あなたに本当の幸せを上げたくて……――絶対私のほうがユリアよりそんな女よりゼクスのこと分かってるのに……」
ベッティのそんな呟きにリアーヌの顔がヒクリと歪む。
(――なんていうか……多分、私よりもこの人のほうがゲーム知識は豊富そう。 私そもそも箱推しではあったけど最推しはゼクスじゃなかったし――……なんだけど、でもゼクスルートだと間違いなく貴族になって主人公と結ばれて、なんやかんやハッピーです! で、終わってたはずなんだけど……? 一応設定資料集ぐらいまでは持ってたけど“昔の夢を叶えられなくて後悔してる”なんて話、聞いたこともないんだけど……?)
内心で首を傾げるリアーヌだったが、ブツブツと呟いていたベッティが涙を浮かべながらリアーヌを見つめた。
「――返して……」
「ぇ?」
「返して……! 私のゼクス返してよっ!」
「ええ……?」
涙ながらに必死に言い募るベッティに、話の流れが理解できずに困惑するリアーヌ。
声には出さなかったが、ゼクスや他の護衛、使用人たちも不可解そうな視線をベッティに向けていた。
「だってあなたのせいじゃないっ! ゼクスが男爵になるなんて知らない! 貴族になるのはもっと後で! ユリアなんかのために貴族になって苦労なんてして欲しく無かったから、私頑張ってたのに! ゼクスには好きなことだけしていて欲しいの! 仕事が好きならそれだけさせてあげたいの! 私ならそれができたのに……! なんで邪魔するの……? なんで男爵なんかにしたのよっ!」
(勝手に男爵になったのはゼクスのほうですけど……? ――まぁ、私の存在が……原因と言えなくも――いや、なんかそれは認めたくないなぁ……婚約したこと自体は後悔してないけど、やっぱりあの騙し討ちには思うところあるし……)
そんなことを考えていたリアーヌがベッティになにも返せずにしていると、ゼクスがベッティに言葉をかける。
「――君の言いたいことの全ては理解できてないけど…… 君の中の俺ってずっと我慢してるの? 勘違いしないで欲しいんだけど、俺はずっと好きなことをしている――他でもないリアーヌのおかげでね?」
「――え……?」
そんなゼクスの言葉にベッティは戸惑いの声を上げ、隣に座るリアーヌも驚きの表情をゼクスに向けていた。
(あなたがお仕事することで、私のおかげ、なことがあります……?)
全く心当たりのないリアーヌが思い切りそれを顔に出していると、その素直な反応に笑いを噛み殺しながら、ゼクスは表情を取り繕い詳しい説明をしていく。
「――ボスハウト家との繋がりが持てたから、うちの商会は――ラッフィナート家はもうそう簡単には揺らがない。 ……危険がないわけじゃないけど、そのぐらいは自分たちで対処してみせる。 そしてリアーヌのおかげでラッフィナート家は王家にですら貸しが作れる家になる――これでうちが揺らいだら……――ただ単に俺が無能だったってだけの話だ」
「ぜ、ゼクス君は無能なんかじゃないよ!」
「……そうありたいと俺も思ってる」
ベッティの言葉にゼクスは肩をすくめながら答えた。
そしてさらに口を開き言葉を続けた。




