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「ただ――……それでもしっくり来ない部分もあって……――少なくとも、今回の騒動は近しい者たちへの説明や根回しすらしていない、突発的な騒ぎだと考えています」
「……――つまり、私が外に出ても投獄エンドになったりしない……?」
「なんの準備もしていない、ただの言いがかりだからね?」
「言いがかり……――いやでも、それで安全が保障されるなら言いがかりで良かった……?」
ゼクスの説明に難しい顔をしながら、ブツブツと考え込むリアーヌ。
「――なら、俺は外出れんじゃねぇのか?」
「……そりゃ出られそうだけど、万が一ダメだった時、姉ちゃんは道連れにしないでね? 姉ちゃんだけは捕まったら即有罪だからね? その後はきっと、毒殺とかされて『容疑者病死のため捜査打ち切り』とかになって、そのまま事件は闇に葬られちゃうんだから」
「……ちょっと試してみろよ」
「なにを?」
「こっから出てくんだー、って思った時、イヤな感じがしなかったらイケんだろ?」
「それは……まぁ? ――多分してないけど……」
ザームが外に出てみるシミュレーションやカチヤたちがこの部屋を出ていくところを想像してみるリアーヌ。
しかしゾワリとしたイヤな予感は襲ってこず――リアーヌはホッとしたよう頷く。
(――だからって私は絶対に出たりしないけどね! だって桜餅食べたいし!)
そんなリアーヌたちの会話が決定打となったのか、フィリップたちは一度外に出て、ユリアと接触することで更なる情報収集をすることを決める。
「――では、確かめに行こうか?」
そんなフィリップの言葉に、リアーヌとゼクス以外の者たちが椅子から立ち上がった。
「……え、ビアンカも行くの?」
リアーヌは、隣で立ち上がったビアンカに不安そうな顔を向けてたずねる。
心の中で(いくら私が捕まらないためとはいえ、こんなところに置いていかないでほしい……)と、ボヤきながら。
「……もちろんあなたも行くのよ?」
「……なんで⁉︎」
「イヤな予感はしなかったんでしょう?」
「しない……けど――そもそもオリバーさんがここに居ろって!」
(ゾワゾワとかはしないけど、オリバーさんとの約束破るとか、それだけでイヤな予感がビシバシですけど⁉︎)
「――なにか言われたら俺からも言ってみるから……」
明らかに言いにくそうに、自信がなさげな態度でそうなゼクスにそう言われたリアーヌは、無言で胡散臭げな眼差しを返す。
(自慢じゃ無いけど、うちのオリバーさん、うちの両親とヴァルムさんとアンナさんの言うことぐらいしか、まともに聞いてくれないんだからね⁉︎)
微妙な空気がリアーヌたちの間に流れ始めた頃、ザームがフィリップに向かって口を開いた。
「――アンタからも言ってくれるか?」
「……私が、かい?」
「こんなかで一番偉いのはアンタだろ? だったらこん中で一番可能性があるのはアンタだ」
「……他の家のことに口を挟むのは――」
「言いたくねぇのか?」
キョトンとした顔つきで不思議そうにたずねるザームにフィリップは顔をひきつらせながら答えた。
「そういうわけでは……」
(……――あれ? なんだろう……? 貴族っぽくは無いけど……ザームってば結構堂々と交渉してるじゃない⁉︎ え、すご。 私なんかより全然立派じゃん!)
――当然、ザームの言葉づかいや態度は、通常であるならば非常識と称されるものではあったのだが……
今回に限りそれを指摘することは、フィリップにだけは絶対に出来なかった。
ザームに『気楽に話せ』と言ったのは他でも無いフィリップ自身だったからだ。
「なぁ、言ってみるだけいいだろ? もし効果なくても文句言ったりしねぇからさ」
「その……」
「……それともアンタもゼクスさんみてぇにオリバーさんがこえーのか?」
その言葉にフィリップの頬がヒクリと盛大に引きつり、そしてそんなフィリップをよそに、リアーヌの隣ではゼクスが小声で「別に怖いわけじゃ……」と言い訳めいたことをモゴモゴと口にしていた。
その後、周りの視線やゼクスへの対抗意識も相まって、フィリップはオリバーへ一言添えることを約束し、リアーヌたちは揃ってサロンを出ることになったのだった。
――リアーヌだけは、しきりに後ろを振り返りながらカチヤたちに「私は一応反対しましたよね?」「なのに、みんなが『出るか……?』みたいな空気にしたんですよね⁇」としきりに訴えていて、カチヤたちもそれに頷きながらも「変な感覚はございませんね?」「お嬢様が嫌な時はすぐにおっしゃって下さいね?」としきりに確認していた。
彼女たちにもまた、リアーヌの豪運を信じ、情報収集を優先させたことに、まだ少しの迷いがあるようだった――
◇
それはリアーヌたちがサロン棟を出てすぐのことだった。
どこからともなくざわめきが聞こえてきて、視線を向けた先にはすでにユリアの姿があり、こちらに向かって走ってくるところだった。
「まぁまぁ……あんなにスカートを翻して……とんだ淑女もいたものね……?」
レジアンナの言葉にクラリーチェとビアンカが手で口元を隠しながら笑うのを見て、リアーヌもそっとその仕草を真似る。
心の中で(そっか、あのくらいもダメなんだ……)と学習しながら。
ユリアはそのまま勢いよく走り、そのままの勢いでレオンに突撃する。
それはレオンに辿り着く前にレオンの学友兼護衛のエーゴンによって阻まれるが、ユリアはなんとかレオンに近づこうとしながらも、涙を浮かべながら自身に降りかかった不幸を訴え始める――




