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そんなビアンカの仕草から、自分の行動が適切ではなかったとすぐに理解したリアーヌは、ビアンカに突きつけたサムズアップをゆっくりと下ろし、わざとらしい咳払いをしつつ背筋を伸ばした。
「まったく……」
呆れたようなビアンカの呟きが聞こえてきたが、リアーヌはすまし顔を作りつつ前を見続けた。
(……でも、なんでゼクスは叙爵なんか受けたんだろう……? ゲームの中のゼクスは“叙爵絶対受けないマン”だったけど…… あいつのルートは、腹黒商人で策士なゼクスが、主人公と結ばれるためだけに、その信念も駆け引きや計算もかなぐり捨てて主人公だけを求める! ってのが良いわけで……――え、まさかすでにどこかで主人公と出会ってる……? あでも違うか。 今の主人公と出会って恋に落ちてたとしても、今だったら爵位なんていらない。 だって今の主人公は絶対に平民だから……――まだ、だよね……? あのゲームのオープニングムービー、寒そうだったから、今の季節じゃ無いと思うし、主人公の村が襲われた理由も、不作で食べ物がなくなった別の村の人たちが野盗となって襲ってきたって話だったし……――そもそも【守護】のギフトを発動させた人間が現れてたら、もっと大騒ぎになってるはずでしょ?)
【守護】のギフト――
このディスティアス王国の初代王妃が保有していたとされる、守りの魔法――
そのギフトがあったからこそ、ディスティアス王国は建国当時、まだまだ小さく力をあまり持たなかった時代であっても、敵国からの侵略を全て跳ね返せていた。
――それほどまでに強力な『ギフト』だった。
(……じゃあ一体、なんで爵位なんか貰ったわけ……?)
リアーヌがむぅーん? と首を傾げて悩んでいると、その姿をどう捉えたのかビアンカが申し訳なさそうに眉を下げながら話しかけてきた。
「……本当に知らなかったっていうのに、イヤな言い方してごめんなさいね……?」
「えっ? あ、それは全然平気! まったく気にしてないから!」
リアーヌとって、貴族が使う言葉とはオブラートに厳重にくるまっているものばかりで、理解するのに困難なことはあっても、イヤな思いになることなどほとんどないものだった。
「――……それもそれでどうかと思いますけれど……?」
しょうのない子供を見る母親のような顔つきでリアーヌを見つめ返すビアンカ。
そんなビアンカにリアーヌは頬を膨らませるとわざとらしい態度でテーブルの上にペしゃり……と、倒れ込んだ。
「……今の言葉にはキズ付きましたー」
「……なんのことかしらー?」
リアーヌの態度から冗談であると理解したビアンカは小さく肩をすくめながら白けた視線をリアーヌに送る。
「分からないとかウソじゃん」
「私がウソなんて付くわけないじゃないの」
「はいウソー」
二人はそんなたわいもない会話は、教師が教室に入って来るまで飽きもせずに続けられた――
そんな会話をした日の放課後。
ゼクスが叙爵したというのは事実であるという説明を本人から受けたリアーヌは、父――ボスハウト子爵にきちんと挨拶をしたいというゼクスの申し出を受け、数日後夕食に招くことを約束して別れた。
そして夕食会当日――
なにごともなく、挨拶を済ませ、食事を食べ終えたリアーヌたちは、食後のお茶を楽しみつつ、比較的緩く和やかな時間を家族全員が楽しんでいた――
のだったが……
ゼクスが発した言葉により、その場の空気が一瞬にして凍りついたのだった――
「これを機に家と家の繋がりも強くしていければ、と……――もちろんリアーヌ嬢にはすでに了承を受けております」
その言葉にヒュッと息を呑む、母のリエンヌや使用人たち。
父のサージュは「あー……?」と言いつつゼクスを睨むように真っ直ぐに見つめ、その後ろに控えるヴァルムはギリリッと音が聞こえるほどに歯を噛みしめ手を握り込んでいた。
この部屋の中で、この空気に気がついていないのは弟であるザームだけだった。
一人黙々と、お茶請けのお菓子を口に入れ続けている。
(……あれ? 家と家の繋がりを強くって……――プロポーズってか、うちのとそちらの子を結婚させて、末永く仲良くしましょうねーって意味の言葉だった気が……⁇ ――業務提携しませんかー? 的な意味合いも含まれてるのかな……⁇)
「――え、うちとラッフィナート商会が業務提携⁇」
思わず口走ってしまったリアーヌに、ゼクスは少し驚いた顔を見せてからニコリと笑って「いや、そんな話してなかったでしょ?」と、猫撫で声を出した。
「――なさったのでしょうか?」
困惑したままのリアーヌがなにかを答える前に、ヴァルムが静かにリアーヌにたずね返した。
「――業務提携……ですか?」
声をかけられたタイミング的にその話題だろうと聞き返すと、ヴァルムの左の眉だけがゆっくりと引き上がっていき、唇は真一文字に引き結ばれた。
(あ、これ違うやつだな……?)
「――婚約の了承をなさいましたか?」
「えっ婚約⁉︎」
(つまり、もしかしなくても、さっきのは婚約の打診⁉︎ ……え、待って? ゼクス様ついさっき、私は了承したって言ってなかった⁉︎)
大きく目を見開いたリアーヌはバッと身体ごとゼクスの方に振り返るが、ゼクスはなにを考えているのか底が見えない、心底胡散臭い微笑みを浮かべ続けるだけだった。
そんなリアーヌの態度に、これには裏があると確信したヴァルムは、もう一度リアーヌに確認を取った。
「――なさった記憶が無いのですね?」
「無いです!」
ヴァルムの質問にリアーヌは首を大きく横に振って答えるが、大した反論をする前にすぐさまクスクスと笑い出したゼクスによって、その言葉を止められた。
「やだなぁー。 忘れちゃったのー?」




