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微妙な空気になってしまったサロンの中、ビアンカが戸惑いながら少々強引に話を続ける。
「――その……そうね。 誰も悪くはないけれど……リアーヌのせいだと思うわ?」
「……そのようだね?」
そう答えたのはフィリップで、驚いてそちらを見たゼクスと目が合うと、気まずそうに肩をすくめる。
そしてそれまでゼクスが心を交わしていたレジアンナに視線を向け、困ったように眉を下げた。
「……えっと――あの、なんかゴメンなさい……?」
そう謝るリアーヌの声にゼクスがピクリと小さく肩を震わせる。
そしてギシッ……と音が出るほど勢いよく椅子にもたれかかると、ジトリとした視線をリアーヌには向け口を開いた。
「――本当に反省してるんですかぁー?」
「し、してますし……!」
「……今度は勝手に空気なんか読まないで、ちゃんと話してくれる?」
「ゼクス様……」
「――約束しなきゃ一生許してやらなーい」
「や、約束します!」
「本当?」
「はい!」
「……じゃあ、許してあげよう」
「あ、ありがとうございます!」
そう口にしながらも(……あれ? 結果私が悪いってことになりはしたけど、私だって結構本気で傷ついてましたけれども……?)と内心でモヤモヤしていたリアーヌだったのだが、その後すぐに不安そうに顔を覗き込んできたゼクスが重ねて「……約束だからね?」と不安そうな顔つきで重ねてたずねてきたゼクスの顔の良さに、その胸のモヤモヤは一気に消し飛んでいた。
「――はいっ!」
ニマニマと微笑み合い、チラチラと視線を交わし合うゼクスたちに、クスリと笑いながらビアンカが声をかけた。
「――良かったわね?」
「――うん!」
元気よく頷くリアーヌに、サロン内にはホッとしたような空気が流れ、レジアンナやクラリーチェもリアーヌに祝福の言葉をかけていた。
そんな中――
「――あーあ。 ……あと一ヶ月くらい長引いてくれればリアーヌ嬢をうちで取り込めたかもしれないのに……残念だったね?」
フィリップがわざとらしいほどに大きなため息を吐き出しながらレジアンナに話しかける。
そんな婚約者の真意をすぐさま察知したレジアンナは困ったように笑いながら小さく肩をすくめて答える。
――つまりフィリップは、リアーヌの前でこの話題を口にしても問題無いと判断し、思う存分ゼクスをからかうことを決めたようだ。
そんなフィリップに、ゼクスはイヤそうに顔をしかめながら答える。
「性懲りも無く、人の婚約者にちょっかいかけないでくれませんかねぇ……?」
「そんなつもりはないんだけれどねぇ……? リアーヌ嬢は愛おしい婚約者の大切な友人でもあるわけで……だとするならば正当な声掛けであると認識しているが……?」
ニヤニヤと笑いながら答えるフィリップだったが、その時一人の使用人が音もなくフィリップに近づき、そっと耳打ちした。
なんと言われたのか、フィリップは驚いたように目を見開いたあと、チラリとゼクスに視線を移した。
「ザーム様に伝言を?」
フィリップが受けた伝言は『ボスハウト家が長男ザーム様が姉君であるリアーヌに用があると、いらっしゃっております』だった。
ザーム自身にそんな情報収集能力は無いと判断したフィリップは、オリバーかゼクスがなにかしらの伝言を残したからだろうと考えたのだ。
ーーしかし、問いかけられたゼクスは軽く目を見開き、驚きの表情を浮かべていたため、フィリップは(オリバーが安全を確保するために送ったのだろうか?)と予測しながら、使用人に合図を送りザームを迎え入れる準備を始めさせた。
「ええと……サキブレ モ 出サズニ 失礼シマス。 ザーム デ ゴザイマス」
サロンに入ってきたザームはウロウロと視線をうろつかせた後、キビキビとした様になっている動きを見せながら、カタコトの挨拶を披露する。
思わず黙り込んでしまったサロンの面々を見回しながら、リアーヌは心の中で必死にザームに対するフォローの言葉を送っていた。
(……言葉は間違えてないし、動きは完璧だし――そこまででもないのでは……? ザームには前世の記憶なんかないんだから、全然頑張ってるって!)
動きはほぼ完璧、しかし喋ってしまうとカタコトになってしまうという、なんともチグハグなザームに、フィリップは苦笑を浮かべながら席を勧めると共に「どうぞ気楽にお喋りください。 本日は私的な会ですので……」と声をかけていた。
「アリガトウゴザイマス。 デハ、失礼して――」
そこまで言ったザームはふぅ……と息をつくと、椅子にドカッと倒れ込むように背中を預けると、リアーヌに向かって顔をしかめた。
「なぁ、なんかうっせぇ女が姉ちゃん出せって俺のクラスに来てウゼェんだけど?」
「うっせぇ……――とりあえず、背中は伸ばそう? 許されたのは言葉づかいだけだから……」
「ええー……」
リアーヌの言葉にボヤきながらも、ザームはスッと姿勢を正した。
そしてもう一度「なんとかしろよ」と文句を言った。
(姉ちゃんだってなんとかしたいんだよ……――あれ?)
「……そのうるさい女に姉ちゃん出せって言われて、ここに来ちゃった……?」
(お前それ……――この扉の向こうに、そのうるさい人とその仲間たちが控えているってことなんじゃ……?)
リアーヌが恐々とサロンの入り口――そしてその向こうにある部屋の入り口を見つめながらたずねた。




