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「……ビアンカ分かる?」
首を傾げたリアーヌは隣にいたビアンカに質問を投げかける。
その質問にビアンカはチラチラと周りの目を気にしながらリアーヌにそっと答える。
「……――根拠は無いわよ?」
その一言で、サロン内にいる全ての者たちがビアンカの発言に注目し耳を傾ける。
そんな反応にビアンカは居心地が悪そうにみじろぎながらも言葉を続ける。
「――単に彼女の暴走なんじゃないかしら?」
「暴走……」
「――彼女はあなたが気に入らない。 心の底から」
「……それは知ってる」
「ええ。 だからどうにかして排除したい。 ……人殺しにするのが無理だったなら、次は泥棒に仕立ててしまえ――……なんて考えなんじゃないかしら?」
「……――準備とか証拠とか関係なくだ?」
「そうなるわね。 あなたに突き落とされた、なんて言い出した時の延長線なんじゃないかしら?」
そんなビアンカの言葉を聞いた他の者たちは(ありえないとは言い切れない……)と、唸るような声を上げた。
そしてフィリップがハッとしたように声を上げた。
「――寝耳に水なのか……!」
「……どういうことですの?」
「ああ、ごめんよレジアンナ。 さっきの報告でフォルステル家への人の出入りが活発だという報告も受けていて――私はてっきり、リアーヌ嬢関係の根回しや準備だと勘違いしていたんだが――フォルステル家がこの騒動に全く関与していなくても、それは起こり得るんだ、と思ってね」
「――……全く知らないのであれば状況を逐一上げさせますわね?」
「それに根回しもしていないのだから他の家からの質問にも答えなくてはいけない――」
「協力関係にあった家々から『守護のギフトが盗まれたと聞いたが、真実か?』と聞かれているわけですわね?」
フィリップはレジアンナの答えに満足そうに頷きながら言葉を続ける。
「あの家は守護のギフトを使って多くの家と取引している。 そりゃあ大騒ぎにもなるだろう」
「あら……なんだかとっても面白くなってまいりましたわね⁉︎」
「そうだねぇ?」
フォルステル家の不幸――ひいてはユリアの不幸の香りにレジアンナ瞳を輝かせ、フィリップはさらに引いて、王妃の失脚まで見据えニヤリとその口元を歪ませていた――
そんな二人にリアーヌはおずおずと質問を投げかける。
「……なんでフォルステル家の様子まで分かるんです?」
その質問にフィリップは、フフンと自慢げに微笑んでから答えを口にした。
「目と耳はいくつあっても足らないぐらいですよ?」
その答えを聞いたリアーヌは、その意味が分からないままに、いくつもの目と耳を持っているフィリップを想像してしまい、顔を引きつらせながらそっと視線を伏せた。
「――や、私は二個ずつで……」
「……そのままの意味なわけがないでしょう?」
その表情から正確に事態を察したビアンカがため息混じりに声をかける。
そして肩をすくめたまま説明の言葉を続けた。
「自分が知りたいと思った情報を代わりに集めてくれる方々を多く雇っていらっしゃるという意味よ。 ――右腕、とかはよく言うでしょう?」
「――それの目と耳をバージョン?」
「自分の代わりに見聞きしてくれるのだから、目と耳と称してもおかしくはないわね」
「確かに……――けど、めっちゃお金かかりそうだね?」
「……そうね? でもなるべくかけるようになさい? 今回のように事前に手を打てるようになるんだから」
「――めっちゃ大切じゃん⁉︎」
目を大きく見開いて全身で『初めて気がついた!』と主張するリアーヌに、参加者たちからクスクスと笑い声がもれ、少し場が和んだところで、レジアンナが会話を戻す。
「――けれどビアンカのが推測が正しかった場合……いくら守護持ちとはいえ、無事でいられるかしら……?」
「……その場合はフォルステル家にすら伝えていないということになりますからね?」
レジアンナの言葉に答えたのはレオンで、その言葉にクラリーチェが口を開いた。
「――つまり後ろの方にも知らせていない……?」
「――と、考えるが……まさかその方の指示の可能性が……?」
レオンたちの会話にフィリップが眉をひそめながら参加する。
「だとしたらやはりリアーヌ嬢はここには辿り着けていないはずなんだ。 ――我々を一網打尽にする策、とも考えられなくはないが……――いや無いな。 リアーヌ嬢の身柄をこちらに渡すメリットが多過ぎる」
「リアーヌの身の安全が保証されているなら、子爵様だって心置きなく敵対なさるでしょうしねぇ……?」
レジアンナの言葉にフィリップは大きく頷きながら「そうだな。 やはりこちらにとってのメリットだらけになってしまう……」ともう一度呟いた。
「つまり……現状はフォルステル家に味方する者たちばかりが不満を募らせているだけ――ということでしょうか……?」
フィリップたちの反応を伺いながらパトリックが口を開いた。
その言葉にフィリップたちは微妙な顔つきで曖昧に頷きあう。
その言葉の通りだとは思っているものの、それと同時に、そんなわけがないのでは……? という漠然とした疑問も感じていた。




