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そんな非難めいた声がユリアの耳にも届いたのか、周囲を睨みつけながら訴えるように叫んだ。
「けれどそうなの! みんなこの女に騙されてるのよっ!」
ビシリッとリアーヌに人差し指を突きつけ仲間ら喚くユリアに、レジアンナやビアンカ、そして周りでこの騒動を眺めていた生徒たちは、はっきりとその顔を不愉快そうに歪めていた。
――たとえこの話が事実だったとしても、ユリアの態度は到底肯定できるようなものではなかった。
そんな周囲の気持ちを代弁するかのように、大きなため息をついたゼクスは軽く首を振りながら口を開いた。
「――話にならない……――万が一にもリアーヌがなにかを隠し、俺やラッフィナートを騙していたとしても、この婚約はこちら側からボスハウト家に打診したものですよ? 非難する権利なんかあるわけが無い」
「だから! この子の家に強く出られないなら私が力を貸すって言ってるじゃない!」
感情のままにゼクスのことまで睨みつけ、大きな声を上げるユリアに、ゼクスはもう一度大きなため息を吐き出して、呆れていることを隠そうともしない態度で話しかけた。
「この婚約は王の認証を受けた婚約なわけだけれど……――君はどういう力を貸してくれるわけ?」
「……どういうって……?」
「たとえ、君の強力な後ろ盾が力を貸してくれたとしても、どうしようもないことはあるんだよ? 相手はこの国の国王陛下なんだから」
「私の力は王様だって欲しがってます!」
「……だから?」
「ぇ――?」
「……それってこの場合、なんの役に立つの?」
「なっ⁉︎ 立つわよ! だってみんな私の力が欲しいんでしょ⁉︎ ゼクス君だって欲しいって言ってたじゃないっ!」
「それとこれとはなぁ……――確かに欲しいよ?」
「だったら――」
ゼクスの言葉に、ユリアは顔を輝かせて口を開くが、それはすぐさまゼクスによって邪魔された。
「けど! その代償が婚約破棄だっていうならお断りだし……――多分君は俺を、ラッフィナートを守れないよ?」
「なんで……――私! ちゃんとギフトを使える! 練習だってたくさんしてるんだからっ!」
動揺し、その瞳に涙を滲ませはじめたユリアにゼクスは困ったようにガシガシと髪をかき、肩をすくめて見せる。
「あー……さっきも言ったけど俺たちの婚約は国王が『婚約することを認める』って認めてくれててね? ……これって実質“王命”と同じぐらいの強制力があるんだ。 ――そのぐらい王様の言葉って重いんだよ? ……君はあんまり知らないかもしれないけどね?」
ゼクスは鼻先で笑いながらユリアに話しかける。
バカにされたことぐらいは理解できたのか、ムッとしたように言い返すユリア。
「王命が絶対だってごとぐらい知ってます!」
「――だったらそれを俺一人の発言で覆すことなんか出来ないってことは知ってる? たとえどんな手助けがあったとしても――ね?」
完全に呆れていることを隠そうともしないゼクスの発言に、ユリアは怒りをあらわにしつつも、その意味が理解できなかったのかベッティに助けを求めるように視線を向けた。
(ウソでしょ……? いくら貴族社会に慣れてなくったって『王様エライこの国一番』と『王様逆らうダメ絶対』ぐらいは常識でしょ⁉︎ だからこそ、このゲームの悪役令嬢たちは犯罪者として断罪される必要があったんじゃん! まぁ、中には王命の婚約じゃない婚約もあったけど、レジアンナのとことかクラリーチェ様んとかは、そのぐらいしないと婚約破棄なんて絶対無理だったから!)
リアーヌはそんなことを考えながら、ベッティとヒソヒソと会話するユリアの横顔を見つめていた。
――しばらくそのやり取りを眺めていたリアーヌとゼクスが視線で「もう教室行っていいと思う?」「行っちゃいたいですけどねぇ……?」という会話をしはじめた頃、ユリアが肩を怒らせながらリアーヌに向き直った。
「あなた! こんな風に無理やり結婚して幸せになれると思ってるの⁉︎」
「……え、私ですか?」
(ついさっきゼクスが『この婚約は自分が言い出した』ってあんなにはっきり言ったのに……? まだ私が悪者になると思ってらっしゃる……?)
ユリアに怒鳴りつけられ戸惑うリアーヌ。
ゼクスは素早く二人の間に体を割り込ませ「――いい加減にしてくんない……?」と低い声で威嚇するように言った。
その迫力にユリアはジリリッと身体を後退させたが、思い直したかのようにギッと鋭い視線をリアーヌに向けると、一気に言い放った。
「私! あなたを許さないわ! 人殺しのくせに人の幸せを掠め取ろうとばかりして! こんなの間違ってる! 悪い行いは必ず自分に返ってくるんだからっ!」
そう言い放つとそばに立っていたベッティの腕を掴んで駆け去って行く。
リアーヌは呆然とその後ろ姿を見つめながら小さく呟いた。
「――さすがに訴えたら勝てる気がしてますけれど……?」
「……後ろのお方が出てこないのならば証言して差し上げてよ?」
そんなビアンカの言葉に、リアーヌはゾクリとしたイヤな感覚が背筋を這い上がるのを感じつつ顔をしかめた。
「――出てきそう」
ポソリ……と呟いたリアーヌにビアンカは、でしょうね……と言わんばかりに肩をすくめた。




