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「今日はね? 私もここで昼食をいただいておりましたの! ピクニックのようで気持ちが良かったわ? ねぇ?」
レジアンナに話を振られ、ビアンカとリアーヌはニコリと笑顔を浮かべながら答えた。
「今日はいい風が吹いていて、気分がよろしかったですわね?」
「……楽しゅうございましたね?」
笑顔で答えたリアーヌに、ゼクスが「それは良かった」と頷くと、レジアンナはスッと目を細め、チラリとユリアたちに視線を流す。
「――そちらは……ずいぶんと賑やかなご様子ね?」
そうたずねたレジアンナは、クス……と小馬鹿にしたような笑みをユリアたちに向けた。
そんなレジアンナにユリアはムッとしたように顔を歪めてレジアンナを睨み返し、ベッティはグッと手を握り締めながら悔しそうにうつむいた。
話しかけられた形のゼクスも、困ったように肩をすくめ、ため息混じりに「そうなんですよ……」とこぼした。
その態度はゼクスのイメージからかけ離れたもので、リアーヌは(あれ……?)と首を傾げた。
そして違和感を感じたのはレジアンナも同じようで、にこやかな笑顔を浮かべながらも首を傾げた。
「あら、そんな言い方をなさって……――男爵様は婚約凍結中に訪れたわずかな春を謳歌している――と聞き及んでおりましたが……そちらの方々は男爵のお眼鏡にかないませんでしたの?」
レジアンナから『お前、凍結中なのをいいことに、あちこちの女侍らしてるらしいけどその二人は好みじゃねぇの?』とチクリとした言葉をかけられたゼクスだったが「ええ⁉︎」とわざとらしくも大きな声で驚いて見せ、さも“戸惑っています!”と主張するかのような態度で口を開いた。
「そんなデタラメなウワサを流されているんですか⁉︎ まいったなぁ……――リアーヌ、気を悪くしているかい……?」
ゼクスに心配そうに声をかけられ、それが演技だと思ったリアーヌは、咄嗟に視線を逸らしてジリジリと後ずさった。
傷ついたような顔をしたゼクスがリアーヌに手を伸ばすが、リアーヌがそれに気がつく前にレジアンナが庇うようにリアーヌの前に立ちはだかり口を開いた。
「――この子の元にも口さがない方々がやってきては「破棄したんですよね? 教えてください!」だなんて言葉をかけますのよ?」
レジアンナの言葉に、ゼクスは気まずそうに視線を逸らした。
どうやらその情報はゼクスも掴んでいるものだったらしく、気づかうような視線をリアーヌに向けていた。
そんなゼクスに呆れているのか、これ以上リアーヌがイヤな思いをしないように気づかったのか、ビアンカはフォローを入れるように静かに口を開いた。
「――ずいぶん面白くなかったようですわよ? 「ゼクス君と仲が良いんですけど」なんて前書きをされた後に言われたものですから……?」
ビアンカはチラリとゼクスと背後に視線を送りながら肩をすくめる。
その視線で誰がそれを言ったのか察したゼクスは盛大に顔をしかめる。
「そんなことを……?」
ゼクスから責められるような視線や、レジアンナたちからの冷たい視線を送られ、ベッティはジリジリッと後退りながら「わ、私はただ聞いただけで……」とモゴモゴと口にしていた。
そんなベッティの様子に、リアーヌは渋々ながらもフォローを入れるべく口を開く。
マナー違反を犯しているのは明らかにベッティの方だったが、男子生徒でもあるゼクスのも交えた多人数でベッティと対峙している図は、少々外聞がよろしくなかった。
「――誤解があったように思います。 ……きちんと訂正した後は言われておりませんし……」
(――これは事実。 ……なんでここまで怯えるのに、私にはあんなに強気で来たのかと……――この状況どうするの? どう見たってこっちが悪者じゃん……もう悪いウワサとかお腹いっぱいです……)
しかしリアーヌのフォローを聞いていたであろうゼクスは、険しい表情のままベッティとユリアに向き直った。
(……あれ? ここは優しくフォローを入れ、会話を終了し速やかにお引き取り願う場面では……?)
リアーヌがそんな疑問を感じている前で、ゼクスは冷たい声を二人にかけていた。
「――だから婚約を破棄しろ、ですか?」
その言葉にリアーヌは目を見開き、ビアンカとレジアンナはヒュッと息を呑む。
それはユリアたちにも聞こえたようで、気まずそうに視線をうろつかせていたが、少しの間を置いてグッと手を握りしめると、ユリアはリアーヌにきつい視線を送りながらゼクスに訴えはじめた。
「ボスハウトは正しくありません! 私が護りますから手を切ってください!」
そんな宣言に、中庭の至る所からザワッとした声が聞こえてくる。
――なにげなく……を装いながらこのやり取りを聞いていた者たちにとっても、今の発言に驚かないことは至難の業だったようだ。
「……君のマナー云々は全て置いておいたとしても――誰か個人の考える“正しさ”なんてもの、他の誰か個人の判断で決められるようなものではないと思うけど?」
「私だけじゃありません! みんな言ってます!」
そんなユリアの訴えにゼクスは鼻を鳴らしながらたずね返した。
「みんなねぇ……? それは本当かい? 俺の周り――家族や従業員たちがそんなの言ってることとか、聞いたことないんだけど?」
「騙されてるんですっ!」
「……でも、その騙してるって証拠は出せないんだろう?」
「そ、れは……」
ユリアが言い淀んだ瞬間、再び中庭の至る所でたくさんの戸惑いと非難が入り混じったどよめきが起こる。




