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「――ラッフィナート商会に後ろ盾を願ったのいうのはあの方ではないの?」
その質問に、リアーヌは「あー……」と言葉を濁しながら視線を逸らす。
レジアンナの疑問に、なんとなく察しがついてしまったからなのかもしれない。
通常であれば後ろ盾を願う家の、しかも嫡男の婚約者にあそこまでの悪意を向けることなどあり得ない。
例外があるとするならば、婚約者側がラッフィナートに、金銭的援助やなんらかの融通をしてもらっていて、明らかに立場が弱いと周囲の者たちが知っている場合なのだが、今のボスハウト家にはいかなる援助も必要とはしてはいなかった。
そして、可能性として考えられるものがもう一つ――
ゼクス本人や家族がが彼女の後ろ盾となることをぜひに、と願っている場合だ。
――この例外にはゼクスが気に入っている女性……“愛人”“妾”もこの括りに入り、その愛が自分のほうが深いと確信していれば、婚約者や本妻に対し、先ほどのような暴挙に出ることは珍しい話ではないのだが――
この場にある多くの者たちが、ゼクスにそんな存在がいるのであれば、とっくにリアーヌの父親である子爵や有能と名高い執事のヴァルムを筆頭とした使用人たちが黙っているわけはないと確信していた。
よってその線は薄いと考えられ――
(だったら、なぜ……?)
と、リアーヌはおそらく自分と同じ疑問を感じているであろうレジアンナに、大きく肩をすくめながら事実だけを説明していく。
「……その話は、うちでは今のところ保留ってことになってる。 ――というか、うち、裁判やったらあの子だけならすぐ潰せちゃうほどには証拠持ってるし、それを向こうの家も知ってるはずで……――違う家の考えだから、どこかで変わっちゃってるかもしれないけど……少なくとも、向こうの家が許しても家は許さないって知ってるし――多分、どれだけ時間が経っても後ろ盾なんかになる気とか、ないと思うけど……」
「――……つまりあの方、そんな状況なのにリアーヌに喧嘩を吹っかけましたの……?」
「なんとなくだけど……喋ってみた感じ、あの子たちの中ではもう私たちの婚約が無かったことになってたみたい……?」
そんなリアーヌの答えに、レジアンナばかりか、その周りの友人たちも唖然と言葉を失う。
しかしリアーヌだけはホッと胸を撫で下ろしていた。
(あ、良かった。 そうだよね? あの子の言動ってそのぐらいあり得ないことだよね? なんか自信満々にこられたから不安だったけど、やっぱり私の認識間違ってないよね?)
そんなどこかホッとした様子のリアーヌに、友人たちは眉をひそめながら助言を口にする。
「そんな方、たとえ男爵が相手になさらなくとも側に寄らせることすら危険ですわ?」
「ここは毅然とした態度でお話しすべきです!」
「ラッフィナート男爵家の名誉にも関わる問題ですわ?」
そんな友人たちの言葉を聞きながら、リアーヌは心の中で(……凍結中に次の婚約者を探すのはありらしいんですが……?)と心の中でグチるように呟いていた――
◇
それから数日――
ラッフィナート商会への悪い噂は全くと言っていいほど聞かなくなり、リアーヌへの「泥棒」だの「権力を使って……」などと言う陰口を言う生徒たちも少しづつ少しずつその数を減らしていった。
しかし――相変わらずゼクスとリアーヌの間にはギクシャクとした空気が流れ、あいさつ以上の会話はなかった。
そんな二人の態度からを見てなのか『両家は婚約の解消をしようとしている』というウワサだけは、根強く残り人々の口に登り続いていた――
そんなある日、リアーヌたちはお馴染みとなったいつもの中庭のベンチで、本日はカフェテラスで買ったおしゃれなクロワッサンサンドを齧っていた。
――というのも今日はリアーヌとビアンカの他にもう一人ベンチに座り、ニコニコと楽しそうにパンを食べている人物の思いつきのせいだった。
「……レジアンナ、美味しい?」
「ええ! やっぱりクリームチーズの方にして正解だったわ?」
「なら良かったわね?」
満足そうに頷くレジアンナに、リアーヌとビアンカは顔を見合わせてホッとしたように肩をすくめ合う。
いつもは友人たちとカフェテラスやサロンで昼食を取るレジアンナだったが、今日は、いつもビアンカとリアーヌが昼食を食べている中庭が気になったようで「私も一緒食べたいわ!」と言い出した。
ビアンカたちも、外で食事をさせて何事かあってしまったら……!と「……日差しが少しありますよ?」や「ベンチそんなに広くないよ……?」と、なんとか言葉を重ねて断ろうとしたのだが、レジアンナの意思は固く「少しの日差しは気にしないわ! 席は……私だけなら平気でしょう⁉︎」と、自分も中庭で昼食を取るのだと、一歩も譲らなかったのだ。
「……なんかカフェテラスのパン食べてると、いつもよりオシャレな空間になった気がするね?」
リアーヌはいつもより大勢のメイドたちが並ぶ中庭の端に視線を走らせながら、クスリと笑ってビアンカに話しかける。
「――普段はなんの変哲もないサンドイッチやメロンパンなんかですものね?」
「美味しいしすぐ買えるけど、おしゃれさだけは無いもんねぇ?」
「そうね?」
「――普通のサンドイッチも素敵じゃない? ここで食べたらピクニックみたい!」
キラキラと目を輝かせて無邪気に笑うレジアンナに向けていた視線を眩しそうに細めながら、リアーヌはビアンカに肩をすくめて見せる。
「――“物は言いよう”ってこういうことなのかな……?」
「そう思えばそうなっていたのかもしれないけれど……――ここで食べるようになったのは、私たちの横着が全て、みたいなところがありますものね……?」
リアーヌはビアンカの言葉にクスリと笑いながら同意するように頷いた。




