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「あら……道にでも迷ってしまったのかしら?」
レジアンナがクスクスと笑いながら周りに話を振ると、友人たちもクスクスと笑いながら同意の言葉を口にする。
リアーヌは内心で(対応が手慣れてきてる……)と呟きながらも、自分を鼓舞するように大きく息を吸いながら背筋を伸ばした。
(――首伸ばす! 胸は張るだけ! 踏ん反り返る禁止! 毅然とした態度で真っ直ぐ前見る! 絶対に引かない! ――今日はレジアンナが先頭なんだから気楽に行こ! 私は添えもの‼︎)
真っ直ぐ前を見つめながらユリアたちとすれ違う。
向こうの集団は、リアーヌが混じっていることに気がついた瞬間から嫌な視線を向けていたのだが、ガードするように周りを固めたレジアンナたちが「見かけない方々ですけれど……?」「専門学科の……」「え? 専門学科……?」「――売り込みじゃ無い?」などというやりとりを耳に入れると、気まずそうに視線を伏せた。
(すご……これは生粋のお嬢様だからこんなに的確にイヤなところを突けるのか、専門学科へ足を運んでいるから何となく察しがついてしまうだけなのか……――どっちにしたって凄いけど)
感心している間に、スルリとユリアたちとすれ違うことが出来、なんのトラブルも起きなかった事実に、リアーヌは尊敬の眼差しをレジアンナに送っていた。
しかし、そのことにホッと胸を撫で下ろす間もなく背後から声をかけられた。
「――あのっ!」
急にかけられた声に、リアーヌだけではなくレジアンナたち全員が足を止め振り返る。
話しかけられた認識もないまま振り返ったリアーヌだったが、声をかけてきた人物――ベッティ・レーレンーーが真っ直ぐに自分を見ていることに気がつき、軽く動揺していた。
(……え、ユリアじゃなくてあなたなの?)
状況が掴めず首を傾げたリアーヌだったが、その後ろに控えるユリアやその友人たちのニヤニヤとした嫌な表情や、ベッティの取り繕った顔から少しの敵意を感じ取り、グッと奥歯を噛み締め無理やり口角を引き上げた。
――気まずそうなビアンカからもたらされた、婚約凍結が発表されてからゼクスに群がり始めたという女生徒たちの中に、目の前の少女も含まれていたと思い出したことも、リアーヌの口角を引き上げる要因になっていた。
(……最近、随分とゼクスと親密だって話だけど……――ヤな感じ! ゼクスに自分からちょっかいかけてるくせに、私に向かって『私、心配してまするんです!』みたいな顔しちゃってさ!)
歪みそうになる表情を押し留め、顔の筋肉を強引に動かして、今自分が出来うる限りの最上級の美しい笑顔を浮かべ、出来るだけ上品に見えるようにゆっくりと首を傾げながら口を開いた。
「……どうかなさいましたか?」
「その……――婚約は無くなったんですよね⁉︎」
「――おん?」
そう口から言葉が漏れた瞬間、リアーヌは背中に少しの衝撃を感じ、すぐさま表情を取り繕う。
ベッティは、そんなリアーヌに気が付かれなかったのか自分の話を優先したのか、気にせず話を続ける。
「ゼクス君、はっきり答えてくれなくて……凍結は凍結だとか……――でもみんな、もう破棄されたとか、時間の問題だとか言ってて――良かったらどうなってるのか教えてくださいませんか⁉︎」
ペコリと下げられたベッティの頭を見つめながら、リアーヌは必死に笑顔を取り繕いながらグッと胸を張った。
(――落ち着け。 いくら下手に出てるように見せかけててもコイツは絶対確信犯で私に喧嘩を売ってる……! そんなヤツの口車に乗って乱暴な態度で返すとかダメ絶対! ここは教養学科の入り口ですからね? もう少し行ったら建物の入り口見えるんだから! ――そんな見え透いた釣り針なんかに誰が食いつくもんか!)
「ええと……それは私とゼクス様の婚約について、のご質問ということでですよろしいのかしら?」
「はい!」
「でしたら破棄など致しておりませんし、そのような予定があるとも聞いてはおりません。 ――もちろん解消も同様です。 ですから……あなたのご心配には及びませんのよ?」
ニコリと笑って答えたリアーヌに、心配そうに顔を歪めていたベッティの顔が引きつった。
その後ろにいるユリアたちも意外そうに目を見開きながら顔を見合わせあっている。
どうやら彼女たちの中ではリアーヌとゼクスの婚約はすでに解消が決定していることになっているようだった。
「えっと……でも、凍結したら次は解消なのでは……?」
モゴモゴとたずねるベッティに、リアーヌはこてり、と首を傾げながらキョトンとした表情を作りながら口を開く。
「そういう場合も多いとは聞きますが……――そもそもこの婚約は王命ですので、こんな短期間凍結したぐらいでは……」
ねぇ? と同意を求めるように笑いかけながら、リアーヌは口元を抑えクスクスと小さく笑いをもらす、まるで「そんなわけないじゃない」と語りかけるように。
そして出来うる限りの余裕を見せつけながら、心の中で目の前の少女やその後ろに控えるユリアたちに毒を吐きまくる。
(――絶対動揺なんかしてやらねぇし! お前らの言葉なんかで悲しんでなんかやらねぇし! ――笑え! これ以上ないぐらい美しく!)
リアーヌは凄みすら感じさせるほどに美しい笑顔を披露しながら一歩踏み出す。
――貴族であろうとも……否、貴族であるからこそ喧嘩を売られっぱなしで終わらせるわけにはいかない。
――リアーヌの反撃開始だった。




