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(本当に、大丈夫だよね……?)
「――きっと大丈夫!」
嫌な予感を振り払うかのように答えたリアーヌだったが、その顔は無理やり笑っているためか引きつっていて、誰の目から見ても無理をしていることが丸わかりだった。
お茶会に集まっていた者たちはそんなリアーヌに気まずげに視線を逸らし、互いに目配せをし合う。
誰が声をかけるのか探り合っているようだった。
「――……これは一般論だけれどね? 婚約の段階では、あまりお相手に心を寄せすぎないものなのよ……?」
困ったように眉を下げたビアンカがゆっくりと言葉を紡ぐ。
ビアンカは、決してゼクスやラッフィナート商会がリアーヌという存在を手放すわけが無いと考えていたが、それでもリアーヌがこんなにもゼクスに心を寄せすぎていることに少しの危機感を覚えていた。
――ラッフィナートは、ゼクスは根っからの商人だ。
悪い人物ではない、リアーヌを大切にしているのも分かる。 ――しかしそれでも考え方は商人のそれでしかない。
そんなゼクスに、リアーヌがこんなにも分かりやすく好意を寄せていると態度で示してしまうのは、あまりにも軽率な行動に見えていた。
「――そう、なのかなぁ……?」
リアーヌはビアンカの言葉に笑って返そうとして――失敗し、大きく歪んだものになった。
それに胸を痛めたビアンカは、ほんの少しの後悔と共に自分の意見を撤回した。
「あくまで一般論よ……ボスハウトとラッフィナートは結びつきが強すぎるし、ラッフィナートが求める条件にあなた以上に当てはまる令嬢なんていないと思うわ」
その言葉を聞いて、リアーヌはさらに顔を歪める。
ほかの誰でもない、ビアンカから大丈夫だと慰められ、ほんの少し気持ちが緩んだからなのかもしれない。
ボロボロと涙を流しながら「本当?」「平気かなぁ?」と、子供のように何度も何度も確認するリアーヌに驚き胸を痛めつつ、隣に座るその身体を抱きしめるように慰めながら、その泣き顔を皆の瞳から覆い隠した。
その後、お茶会を中座したリアーヌとビアンカは、クラリーチェが急遽開けてくれたシャルトル家のサロンで気持ちを落ち着ける時間を設ける。
――レジアンナもサロンを開けると申し出てくれたのだが、サロンの位置的にシャルトル家が使っているサロンの方が近くかった為、シャルトル家のサロンを借りることになっていた。
豪華なサロンの中、カチヤたちやジェネラーレ家のメイドが心配そうに見守る中、ビアンカはリアーヌに冷たい水が入ったグラスを差し出しながら優しく語りかけた。
「……平気?」
「……うん。 だってこの婚約って――そういうものでしょ?」
ビアンカの言葉に、ギュッとスカートを握りしめながら答えるリアーヌ。
誰の目から見ても無理をしていることが丸わかりの態度で答えるリアーヌに、ビアンカはため息混じりにたずねていた。
「……それが分かっていて、なんでそこまで心を寄せてしまったのよ……?」
ビアンカの言葉にリアーヌは地位か姿をするわせると、キョトキョトと視線を彷徨わせた。
その視線が揺れるたびにリアーヌの瞳にはどんどん涙が溜まっていき「なんでかなぁ……?」と答える頃には、再び大粒の涙が瞳から溢れ始めていた。
そんなリアーヌにビアンカは眉を下げながらも優しい手つきで抱きしめ、その背中をゆっくりと撫でる。
そして言い聞かせるように語り始める。
「――大丈夫よ、大丈夫。 さっきも言ったでしょ。 ここでボスハウト家を切るほどラッフィナートもゼクス様も愚かではないわ」
「……なのに凍結するの?」
「あちらは商家。 貴族以上に家の利益には貪欲なのでしょう? 見栄も格も無いのだから、なんの気負いもなく凍結を口にするわよ」
「なの、かな……?」
ぎこちなくたずね返すリアーヌにビアンカはわざと明るい顔で答える。
「そうに決まってるでしょ。 大体、あなたや子爵様が何の抵抗もなく、凍結をすんなり受け入れたんでしょう? だったら、あなたに悪い結末なんてやってこない。 でしょう?」
そんなビアンカの問いかけに、リアーヌは答えを探すように視線をうろつかせた。
そして、答えを待つビアンカに観念したかのように口を開いた。
「……分かんない」
「え?」
「……だって、ずっとここが……胸がギシギシしてて……――だからゾワゾワもザワザワも分かんない……」
「――あなたって本当に……おバカなんだから……」
そう言いながら抱きしめていた腕に少し力を込め、背中を撫で付けるビアンカ。
「うん……」
リアーヌはそう答え、ズビズビと鼻を鳴らしながらも、ビアンカに縋り付くようにその背中に手を伸ばした。
◇
そんなお茶会から数日後――
散々泣いてビアンカに諭され慰められ、気を取り直したリアーヌだったが、婚約凍結という事実は変わらず、そしてやはりゼクスと話しをする機会も無く、二人の間にはギクシャクとした気まずい空気が流れ続けていた。
そしてそれを目撃した一部の生徒たちにより、二人の婚約破棄のウワサが真実なのではないか? と教養学学科でもウワサされるようになっていた。
そんなある日、レジアンナたちに誘われ、共に昼食とったリアーヌたち。
その帰り道、教養学科の生徒たちしか使わないであろう廊下の向こう側から、ある意味では会うことが最も気まずい相手であるユリアとその友人たちが歩いてくるのが見えた。




