471
そんな二人の会話を聞いて、レジアンナは首を傾げながら声をかけた。
「――じゃあ……婚約は解消しないんですの……? だって――次を探しているんでしょう?」
困惑した様子のレジアンナが首を傾げながらたずねる。
その視線をフィリップやビアンカに向けて詳しい説明を求めていた。
「――そういうウワサは聞いているのだけれどね……?」
フィリップはレジアンナに偽りを言ってしまわないよう、しかし事実を覆い隠してしまうような言葉を極力選びとる。
情報の精査に力を入れてほしいことに間違いはなかったが、愛しい人の勘違いや間違いを指摘して恥をかかせたいわけではなかった。
そんな想いから、フィリップは同意を求めるようにパトリックたちに視線を流す。
するとその意図を汲んだ友人たちは、口々に「そうですね」「私も聞きました」と同意し始める。
――しかし、幼い頃からフィリップやパトリックを知っているレジアンナだったので、そのやり取りを見てなにかを感じ取ったのか、表情を曇らせキュッとその唇を引き結んだ。
「――私も聞きましたよ?」
「……ウワサであれば私も」
微妙な空気を察知したレオンたちも、フォローを入れるようにレジアンナに声をかける。
――実際、この手のウワサは婚約凍結が発表されてから今日まで、さまざまな者たちがそこかしこで面白おかしく話題に上げていた。
そのため、レオンたちの耳にも少なからず入っていて、ボスハウト家やラッフィナート家の出方や真意を探らせている最中だったのだが……レジアンナは『周囲の人々がこんなに言っているのだから事実なのだ!』と勘違いしてしまったのだろう。
――けれど、素直で周りの話を鵜呑みにしやすいレジアンナであっても、決して愚かではない。
自分に気をつかう周囲の態度やその反応からようやくウワサはウワサに過ぎない、とようやく気がついたレジアンナは、小さくため息を付き困ったように笑いながらポソリと呟いた。
「私の早とちりでしたのね……」
悲しそうな声で呟くレジアンナにフィリップは、慌てたように声をかけた。
「――火のないところに煙は立たないと言うだろう? だからあながち間違ってないかもしれない……真実などラッフィナートの心にしか無いんだ。 それに凍結したなら解消を心配するのは友人として当然なことだと思うよ?」
レジアンナを悲しませないよう、次々と言葉をかけるフィリップ。
――その言葉が自分の婚約者以外の耳にも届き、向かいに座る当事者の不安を、大いに煽っていることにはまだ気がついていないようだった――
フィリップの言葉に少しだが元気を取り戻し始めたレジアンナとは対照的に、リアーヌの顔色は少しづつ悪くなっていた。
(――真実はゼクスの心にしかない……まぁ、それはそう。 他の誰にも分からないし……――でもさ? 凍結して、ラッフィナートが後釜探し始めたってウワサ流れて、それで火のないところにって……――そんなの決定じゃないの? ゼクスは……ラッフィナートは、婚約を解消したがってる……?)
「でも凍結で……」
動揺したリアーヌはそう小さく呟くと、目を伏せたまま不安そうにうろうろと視線を彷徨わせた。
(……でも私たちの婚約って正真正銘の政略結婚だしな……――結構いい感じになれてた気がしてるけど……! プロポーズだってされたし! ――一応全部本当だけど、あのウワサで全部イヤになっちゃった……? ゼクス、お店や仕事大好きだし……全然考えられる――なんか最後、怒られちゃったみたいだし……)
レジアンナたちの向かいで、どんよりとした空気を隠そうともしないリアーヌにようやく気がついたレジアンナ。
自分のせいで! と、慌てて明るい声をかけた。
「う、ウワサはウワサよ! 本当じゃ無いわ⁉︎ それに――万が一そんなことになったら、私だってフィリップ様だって黙ってないんだから⁉︎」
「……私も、なのかな?」
必死にリアーヌを元気付けようとレジアンナが声をかけ、その話の内容にフィリップが顔をひきつらせる。
――ゼクスとはどうあがいてもいい関係など築けないと感じているフィリップ。
なので、お遊びで済ませられる口喧嘩程度の嫌がらせならば、いつだって望むところではあった。
しかし――ゼクスだけならばともかく、ラッフィナート商会と真正面からぶつかる気など、全く予定になかった。
しかし、そんなフィリップにレジアンナはあっけらかんと言い放つ。
「だってパラディール家はすでにラッフィナート商会とやり合ってますでしょう? だったら火種が少しくらい増えたって平気よ!」
「……少しの火種ならね……?」
言葉を濁すフィリップにレジアンナは「誤差みたいなものですわ!」と強気に言い放つと、眉を下げ申し訳なさそうにリアーヌに話しかける。
「――だから、その……安心してね? ……確認もしないで勝手を言ってごめんなさい」
シュン……と眉を下げたレジアンナに今度はリアーヌが慌てて声をかける。
「そ、そんなに気にしないで⁉︎ その……きっと大丈夫だと思うんだ……? きっと問題ないはず……」
リアーヌは自分に言い聞かせるように言葉を紡いで行く。
――いまや、リアーヌを不安にさせているのはフィリップでもレジアンナでもなく、自分自身のネガティブな考えにほかならなかった。
婚約が凍結した以上、大っぴらにゼクスとやり取りをするわけにはいかず、それによりゼクスが今どんな考えでいるのか確認するすでがない。
それがリアーヌの考えを悪い方へ悪い方へと導いてしまっていた。




