468
「うちはそっちの要望を全面的に売れ入れる用意がある――元の騒動はうちとフォルステルのものだ……だから気にせず希望を言ってくれ」
サージュのその言葉に少しだけ嬉しそうな表情を浮かべたグラントたちに、リアーヌはこの婚約が凍結される可能性がグッと高まったのを感じた。
(――凍結がどんなものなのか知らないけど……――そうなっちゃってもしょうがないのかなぁ……だって元々……ってか現在進行形でガチガチの政略結婚だし。 しかも今回ラッフィナートが巻き込まれた原因は、私と婚約してたから――でしょ? なら……一旦凍結――って言われても仕方がないのかなぁ……――凍結しても私の外聞には傷が付かないっぽいし……――なら、そこまで悪いことじゃ無い――のかも……?)
リアーヌはズキズキとした痛みを訴える心を押し殺すように大きく息を吸い込んだ。
そして忙しなく視線を交わし合う、グラントとフリシア、そしてその2人の視線に頷くよう認証視線を伏せるクライス――そんなゼクスの家族と、ジッとその決断を待つ自分の両親を、不安そうに交互に見つめていた。
――そんな中、それまでほとんど無言だったゼクスが真っ直ぐにリアーヌを見つめたまま口を開く。
「――リアーヌは……どう思ってる?」
「私は……」
そう答えながらチラリと周囲に視線を走らると、必死に考えを巡らせているゼクスの祖父母や父親が見え――とっさにに「イヤだ」という言葉を読み込んだ。
そして、無理やり笑顔を貼り付けながら口を開いた。
リアーヌが考える 自分に求められた答えを答えるために――
「……仕方がないと思います。 ――だってこの婚約は……そういうものだと思うので……」
そう答えながらも笑顔を保つことが難しくなったリアーヌはそのままうつむき、膝に乗せていた手をギュッと握りしめた。
――だからこそ気が付かなかった。
その答えを聞いたゼクスが、泣き出しそうな子供のようにその顔を歪ませたことを――
そしてすぐさま表情を取り繕うと、リアーヌと同じように、自分に求められているであろう言葉を口にした。
「そっかぁ……――そうかもね? 俺は父さんたちの決定に従うよ」
そう答えながらゼクスはスッと立ち上がり部屋を出ようと応接室のドアまで歩く。
ドアの前まで来るとクルリと振り返り、ニコリと笑いながら言葉を続けた。
「――そういうものだと思うから?」
そう言うと、ほんの一瞬だけリアーヌを見つめるが、その表情はすぐに硬く凍りつき、そのままフイ……と部屋を出ていってしまう。
その視線からゼクスの不機嫌さや怒りのようなものを感じ取ったリアーヌは、居心地が悪そうに視線を彷徨わせながら椅子に座り直す。
部屋に残った誰もがゼクスの怒りを感じ取り、気まずげに視線を逸らしあう。
――そんな中、リエンヌだけがリアーヌを見つめ静かに口を開いた。
「……誰も悪くないわ?」
「……かな?」
そう優しく言葉をかけたリエンヌだったが、辛そうに息を吐き出すとリアーヌの目を見つめ、一気に言い放つ。
「――でも今のはあなたのせい。 忘れてはダメよ」
「え……」
母からの言葉に困惑したような声を上げるリアーヌ。
リエンヌはもう一度辛そうに息を吐き出すと、今度は独り言のようにポソリと言葉を漏らした。
「――本当に……誰も悪くは無いんだけれどね……?」
(なにそれ……? 誰も悪く無いのに私のせいなの……?)
少しムッとしたリアーヌだったが、思い出したゼクスの硬く凍りついた横顔を思い出し、それにより急に襲ってきた罪悪感に胸が潰されそうなほど息苦しくなり、うつむくことしか出来なかった――
――本人たちが同意の言葉を口にしたことが決定打となったのか、その後の話し合いでリアーヌたちの婚約は当面の間――二学年終了時まで凍結されることが決定した。
この話を聞きヴァルムは慌てふためいたが、サージュが「なんの問題もない! むしろラッフィナートにとっちゃいいことなんだ」と、太鼓判を押したことで、口を紡ぐことを決め、そして子爵夫妻にのみ今回の伝言の詳しい説明をした。
夫妻は「そんな簡単な伝言だったのか……」と目を丸くしていたが、そもそも相手方がこの会話の流れを把握していなかったのだから、同じような結果になっていたかもしれない……という結論に至っていた。
その際、婚約凍結の詳しい説明も受けていた。
――多くの場合、婚約の凍結が使われるのは、婚約を解消する場合の準備期間を設けるためなのだそうだ。
ボスハウト家とラッフィナート家のように、婚約と同時に業務提携を行なってしまった家同士の間では、そう簡単に婚約の解消は成立しない。
しかし婚約解消が内々に決まっているのであれば、次のお相手をすぐに見繕わなくてはならないし、婚約により優遇を受けている場合、それらの調整も行わなくてはならない。
これらを婚約中にすることはほぼ不可能なので、婚約を一時凍結することでそれらを可能とするのだそうだ。
――しかしこれは、あくまでも多く場合に使われているというだけであり、病気や怪我などで一時凍結する場合や、海外赴任などで一時凍結する場合もあり、凍結したからと言って必ず婚約が解消されたり破棄されるようなものではない、というものだった。




