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それに気がつき、クライスは慌てたように手を振りながら説明を続けた。
「いやいや! これがうちにとっちゃ幸運でな? 敵なら問答無用で潰せるだろ? 敵を増やしたいわけじゃないが……同業者は少ない方が良いんだ」
クライスは芝居がかったように小声で囁き、クツクツと肩を揺らしながら笑った。
それに同意するように祖父母やゼクスも笑顔を見せる。
そんなラッフィナート家の様子にサージュとリエンヌは顔を見合わせ、困ったように笑いながら曖昧な返事を返した。
――ラッフィナート商会への悪評は学院内には留まらず、多くの取引先や提携していた商店にまで届き、決して小さくはない影響を及ぼしていた。
それを聞き及んだがために、こうして謝罪と今後の話し合いを設ける場を作ったのだが……
ラッフィナート家側が『なんの影響もない! むしろ得をした!』と言ってくるとは思ってもいなかったようだ。
「あー……そちらが望むのであれば陛下への取りなしも出来るそうなんだが……?」
サージュの言葉にピクリと反応したクライスだったが、すぐさま表情を取り繕って愛想笑いを浮かべた。
――先ほどまでの言葉の全てが本心ではないようだった。
「……いやいや! それには及ばんさ! この程度のウワサ程度でどうにかなるような身代じゃねぇさ、なぁ?」
その問いかけに祖父母やゼクスもにこやかに笑って頷き、同意する。
「敵さんはうちの後釜を狙ってるヤツらが多いようだが――」
「ふふふっ 自慢じゃないが、うちは大きいだろう? そう簡単に取って変われるような店じゃねぇ……?」
「変われるような貴族には心当たりがあっても、商店に心当たりはありません」
「そりゃそうだろうが……本当にいいのか?」
「――ああ! 商人の底力ってのを見せてやるさ!」
サージュの問いかけに、ほんの少しの間を置いてドンっと自分の胸を叩くクライス。
サージュは少しだけ迷うような素振りを見せたが、小さく肩をすくめて同意を示した。
そして思い出したように口を開く。
「――ああ、そういやうちの執事から絶対に確認を取って来いって言われてたんだが……」
そんなサージュの言葉にクライスたちの頬がヒクリ……と引き攣った。
「――あのお方が……? なんだか緊張するな?」
「はははっ 俺でもまだ緊張するからなぁ?」
サージュはクツクツと笑いながら話を続ける。
「男爵とリアーヌの婚約を一度凍結した――とすることも可能だが、そちらの希望はいかがか? だとさ」
「――とう、けつ……?」
サージュの言葉に真っ先に反応したのはゼクスだった。
ラッフィナートの面々も、呆然とした表情を浮かべてサージュを見つめていたのだが――
この状況下において、これは当然とも言える配慮だった。
今回の悪評は、ボスハウト家側の問題がラッフィナート家側に飛び火したと言っても過言ではない。
であるならば、ボスハウト家としてはラッフィナート家に対し、配慮を見せないわけにはいかなかった。
――本来であれば『そのお心遣いだけで……』などと相手側が返し、筋を通したことになる話だったのだが――……
そもそもとして、貴族社会でもこの配慮を見せるような場面はほとんどやってこない。
貴族となる準備を始め貴族社会に深く出入りしているラッフィナートの人間であっても、聞き覚えのない配慮であり――
――貴族よりも貴族の習わしに詳しかったヴァルムは、その事実に気が付かずにサージュに伝言を頼んでしまっていた。
そして――
唯一、その配慮を理解できたかもしれないはずのゼクスは……
――この中の誰よりサージュの言葉に動揺し、呆然と呟いていた。
その顔に『ありえない』と貼り付け、家族たちに視線を送ったゼクスだったが、その先で見た沈黙を貫きながらも忙しなく視線を交わし合っている姿に、ジワジワと不安の色を濃くしていく。
「それはつまり……その、商人が考える契約や雇用の凍結と変わらないのか……?」
「らしいな。 そうなった場合、陛下への許可も貰えるらしい」
大したことではない……と言うようにそう言い放ったサージュに、隣に座っていたリエンヌは心配そうに眉を下げ、リアーヌやゼクスを見つめていた。
二人とも不安そうに眉を寄せ、話し合いの結論を待っているようだった。
(……ヴァルムさんが言わなきゃダメって言うんだから、言わなきゃいけないことなんだろうけど……――婚約の凍結ってなに……? そんなの聞いたことないよ……)
「そう、なのか……?」
「けれど……凍結することでそちらにご迷惑はかからないの……? その――外聞的な意味合いで……?」
グラントとフリシアは伺うようにサージュに問いかける。
本心を語るのであれば、このウワサをやり過ごす、ほんの少しの間だけでもボスハウト家と距離を取りたい、というのが本音であった。
しかしそんな本音とは別に、ボスハウト家との縁は手放すつもりなどさらさら無く、今後のことを考えて少しでも良好な関係を築いておきたいという気持ちも本物だった。
「――平気、なんじゃねぇか? ヴァルムさんの言いつけでもあるし、悪いことにゃならねぇと思うぞ?」
サージュのその言葉にホッとしたように顔を見合わせるグラントたち。
しかし、やはりリエンヌだけは不安そうに眉を下げながら話の行末を見守っていた。




