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「いやー……ギフト泥棒のウワサが下火になってくれて良かったよ……」
購買部で買ってきたご飯を紙袋からガサゴソと取り出しながらリアーヌはしみじみと言った。
「学園側が二度に渡って『コピー』であると発表することも異例なら、それと同時に国王陛下がその発表を支持する旨の書面をお出しになるのも異例だもの。 たとえ思うところがあったとしてもなにも言えないわよ」
呆れながらも肩をすくめたビアンカだったが、その表情はどこか明るく、リアーヌの憂いが晴れたことを共に喜んでいるようだった。
「……一部、まだ言ってる人もいたりするけど……?」
「――友人なら忠告ぐらいして差し上げればよろしいのにね?」
「今も一緒にいる人だけが友達なのかもよ……?」
「――なら無理ね。 残ってる人がいませんもの」
「……だね?」
リアーヌたちは顔を見合わせ肩をすくめ合う。
未だにリアーヌに対し「泥棒」だの「権力で真実を握りつぶす」等の言葉を直接かけてくる者たちは、ユリアとごく一部の友人――というか、言葉を投げつける者だけに限るならば、他はベッティだけになっていた。
他の友人たちもその場で、ニヤニヤとリアーヌを見てはいるものの、決してその言葉は口にしなくなっていた。
――のだが、もうすっかり貴族の感覚を身に付けているリアーヌは、場を共にしていてその言葉を聞きながら否定もしない、その友人たちも同罪と見なしていた。
そして生まれながらの貴族であるビアンカも――
貴族の場合「たまたまその場に居合わせただけで……」という言葉は通用しない。
実際に裁判などになれば話は変わるのだが、貴族の社会では否定しないのであれば同罪であり相応に扱われる。
つまりユリアの友人たちは「自分は言っていない」という主張をするつもりで保険を張りながらリアーヌに悪気を向けていたつもりが、リアーヌたちからすればなんの保険もなく真正面から悪意を向けているユリアたちとなんの違いも無かった。
「……それにしたって――ヴァルムさんが張り切って国王陛下の署名貰ってきちゃったから、私のギフトはコピーで相手の同意なしに写すことは出来ないって他でもない国王陛下が「間違いないよ!」って保証しちゃったのに……それに真っ向から「ウソだ! 強奪! 泥棒だ!」って……」
「――先生方も警備部の方々も、さぞや対応に困っていることでしょうね……?」
「まさか貴族の……しかも伯爵家のご令嬢を不敬罪で牢屋に入れられないもんねぇ……?」
「しかも後ろ盾は王妃殿下……今のところは見て見ぬ振りが最善でしょうね?」
「……可能性としては時期国母もあり得るもんね……?」
「――頭の痛い問題だわ……」
ビアンカがため息混じりにそう言って、買ってきたパンを一口かじる。
リアーヌもその言葉に肩すくめながらパンを頬張った。
(……そうなんだよ――次の国母にだってなれちゃう立場になっちゃってるんだよあの子……まぁ、相手は第一王子なんだけどさ。 だって今、不敬罪でしょっ引かれない理由『ユリアは王妃の庇護下にあるから』しかないもん……――あの子着々と、第一王子との結婚に向けて歩みを進め続けてるわけだけど――でもまだレオン狙って教養学科に来てるんでしょ……? ――まさか王妃になれるなら相手がどっちでもいい説……? いや、それは――……でも「私はレオンと結婚して幸せになるの!」って言われるより「権力者と結婚したいの! そしたら人生勝ち組じゃん!」のほうが納得感あるんだよなぁ……)
そんなことを考えながら、もそもそとパンを食べ終えるリアーヌ。
その後二人は、珍しくそのまま中庭を出て、学院内を少し散策をしてから教室に戻ることにする。
暑い夏も終わり、涼しくなってきた風を感じながら、通路脇に生えた木陰の下を歩いていく――
カフェテリアとその通りを歩く多くの生徒たちが見えてきた頃、どちらともなく顔を見合わせ「そろそろ戻る?」「そうね?」と言葉を交わしあう。
二人とも意味もなく人混みを散策する気分では無かったようだ。
くるりと振り返り、今通ってきた道を引き返していくリアーヌたちの背中に、いきなり声がかけられた。
「リアーヌじゃないか! もしかして探しにきてくれた?」
声の主はゼクスで、小走りでリアーヌに走り寄りながら、わざとらしいほどに明るくおどけた口調で言い放った。
「えっと……?」
いきなり現れたゼクスに少し離れたところでリアーヌたちを見守っていたカチヤたちが反応しかけたが、すぐにゼクスだと言うことを理解すると元の位置に戻っていく。
しかし、いつもならばその辺りへの配慮も忘れないゼクスだったので、リアーヌは少しの違和感を感じながら、その顔を見上げた。
「――ごめん、合わせて」
耳元で囁かれた冷静な声に、チラリ……視線を合わせるリアーヌとビアンカ。
先に動いたのはビアンカのほうだった。
「単なる散歩ですわ? ――けれどリアーヌはさっきからキョロキョロと誰かを探していたようですけれど?」
「え……――そ、そんなことないってばぁー!」
ビアンカの言葉に合わせたつもりリアーヌだったが、その言葉があまりにも棒読みで、ゼクスとビアンカが思わず無言で見つめあうほどのクオリティだった。
「――……そんなに照れなくったっていいでしょー?」
「……相変わらず仲がおよろしいこと」
「……うふふふふ?」
気を取り直したように会話を続け始めた二人に、空気の読める女リアーヌは口元に手を添え、どうとでも取れるような愛想笑いを浮かべて見せた――




