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――国王陛下の代理人。
それは多くの場合、国王からの命令やメッセージを伝えに来る使者のことを指す場合が多い。
緊急を要する伝言であったり、国王自身がその場に行くことは敵わないが、直接言葉をかけたかった等々、それは決して珍しくは無い頻度で行われるものだったが――
しかしその使者たちは多くの場合において、王城での使用人――騎士の場合もあれば侍従の場合も多々ある。
数は限りなく少ないが、緊急時であれば平民階級の一商人や農民がその役目を仰せつかったという記録も残っているーー
――そのように、たとえどのような身分の者がどのような格好で伝えにこようとも、そのものは国王陛下が認めた正式な使者。
そしてその伝言は、国王陛下のお言葉同等と扱われなければならないため、言葉を受ける側は、その使者を国王陛下と見たて、最上級の礼儀を持って対応しなくてはならない。
それはこの国の貴族であれば、そんなことは常識であるはずなのだがーー……
――リアーヌには、ユリアにそんな知識があるとは到底思えなかった。
「……大体、その辺りの知識があるならば、クラリーチェ様を貶めようとはしないし、あなたの場合は、悪事の証拠を捏造くらいしてから告発するわよ」
「捏造って……」
「証拠もないのに告発まではしないってこと。 ――実際のところ証拠なんか無いんだから、告発したいなら捏造するしかないでしょ」
「それは……そう、なるのかな?」
ビアンカの軽口に、曖昧に頷きながら首を縦に振るリアーヌだったが、ビアンカが同意して欲しかったのはそこの部分では無かったため、ビアンカは軽くため息を漏らしながら、さらに説明を重ねるため口を開いた。
「――入学したての頃のあなたが王妃になんてなれると思う?」
「まさか⁉︎」
(今だって無理ですよ⁉︎ 他国の国賓にやらかす未来しか見えないからね⁉︎)
「――つまりは皆様もそう感じていて、それに巻き込まれるのを恐れて距離を置きたいのよ」
「……――なんかすっごい納得しちゃった……」
「……もう過去のことだけれど、反省はしてちょうだいね?」
「ごめんてぇ……」
当時のあれこれを思い出したのか、ジト目でリアーヌを見つめるビアンカに、シュン……と肩を下げながら情けない声で謝罪した。
そんなやりとりを見ていたレジアンナや友人たちはクスクスと笑いを漏らしながらも、あれこれとこれからのことについて策を話し合う。
――レジアンナとしては、ようやくユリアにイタズラを仕掛けられるのだ。
家やフィリップに迷惑をかけるつもりはないが、それでも持てうる全ての力を使ってユリアやその周囲に、これまでのつけを支払ってもらうつもりであり、その準備に余念が無かった。
◇
そんなお茶会から数日後――
レジアンナたちは、今までの鬱憤を晴らすが如く専門学科の生徒たちにイタズラを仕掛け始めるため、教養学科の教室を飛び出し、専門学科の生徒たちが使う教室や廊下に頻繁に出没するようなっていた。
(……あれ、私へ暴言吐いてきた生徒たちあしらう時“専門学科の生徒たちは自分たちという存在にだいぶ苦手意識を持っている”って、正しく認識したから、なんだろうなぁ……)
――事実、レジアンナたちの行動に多くの生徒たちが戸惑いと、そして居心地の悪さを感じていた。
しかも、その散策の大義名分が『将来自分で雇う人間を見極めるため』――と言われてしまえば、邪険に扱うわけにも煙たがるわけにもいかない。
相手は大貴族と称される家のお嬢様であり、さらに同等の家の正妻に収まることが決まっている少女であるのだから――
そして……実際、レジアンナたちは数人の生徒たちとすでに契約を交わしていた。
偶然にもスパを持っている生徒と出会い、すぐさまレジアンナが契約を結んだり、友人たちも、各々家が欲しがっているギフト持ちに声をかけていて、その中の数人はすでに雇用関係になっていたりもしていた。
きちんとした契約を結んだ者がこれだけの短期間に複数現れてしまっては、これを辞めさせようとする生徒など居るわけもない。
王族や貴族に雇ってもらう――それこそが専門学科の生徒たちが思い描く最高の将来の一つであったのだから――
そんなこともあり、レジアンナたちの専門学科へのお散歩は誰にも止められることはなく連日行われていて、たまにユリアの友人たちが「あまり関係のない学科に来るのは……」と苦言を呈す場面も見られたが、そんな時のレジアンナたちは、それはそれは幸せそうな微笑みを浮かべながら「あら、だってあなたちちだって教養学科に良くいらっしゃるじゃない!」と言ってのけた。
実際に彼女たちが教養学科に来たことがあるのかどうかなどレジアンナの記憶には無かったが、ユリアは今も毎日のようにレオンを探して教養学科に出入りしている。
――最近は多くの家がユリアから距離を取ろうとしている状況を鑑みて、自分たちもユリアとは無関係という意思表示をするため、クラリーチェを伴いすぐさまサロンへ避難しているため会えていないようだったが――ユリアが教養学科へ足を運んでいるのは事実。
それを当て擦り、顔をしかめる友人たちの新鮮な反応や、子供の言い訳のような言葉を楽しんでいるのだ。
レジアンナたちが上機嫌で専門学科に繰り出すようになって数日が経った頃――
リアーヌとビアンカは、いつもの中庭のいつもと変わらずベンチにいつも通りやって来ていた。




