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そんなレジアンナにニコリと微笑み「そうですわね?」と答えたビアンカは、手などで巧妙に隠しながらリアーヌにギロリと鋭い視線を向けた。
(……本当に悪気は無かったんです。 いつも言ってる言葉がつい、トゥルリしちゃっただけで……)
気まずそうに視線を逸らすリアーヌに、ビアンカは軽くため息をつきながら紅茶で唇を湿らせると、気を取り直したように口を開いた。
「レジアンナの言う通り――ユリア嬢は完全にあなたやボスハウト家とやり合うおつもりのようよ」
「……え、いいの?」
ビアンカがあまりにもハッキリとユリアの名前を出したので、思わず小声で確認してしまうリアーヌ。
レジアンナにとっては味方ばかりのお茶会だが、ビアンカとレジアンナの友人たち全員が友好関係にあるわけではない。
そのあたりの繋がりにうといリアーヌから見ても、今の発言は迂闊なものだった。
しかし当の本人はシレッと紅茶を飲んでいて、レジアンナたちも特には気にしていないように見える。
「これに関しては気にする必要はないわ?」
「そう、なんだ?」
「もうすでに大勢の人間が、あちらががあなたに敵意を向けたことを認識しているの。 本人の言葉から直接ね? ……そんな状況で主語をぼかしたところでなんの意味があると言うのよ?」
「そう、かも……?」
(――今までの会話だって、だいぶ主語スケスケな会話してた気がするけど……そんな小細工すら必要ないほどに、悪者扱いされてんのか私……)
「どんな思惑があるのかは知りませんけど、ユリア嬢のやりようは……」
「根も葉も無いことで言いがかりをつけるだなんて……!」
「非常識すぎますわ?」
ビアンカの言葉を肯定するように友人たちも口々にユリアを非難する。
その中、レジアンナが胸を張って宣言するように言い放つ。
「――私! 今回の件に関しては、公爵家の名前を使わないならば、フオルステル家とやり合っても構わないと言われておりますの!」
よほど嬉しいのか、満面の笑顔を隠そうともしない。
ビアンカもそれに頷きながらそっと付け加えた。
「――我が家も『家を巻き込まない程度であるならば、なにを言うのもお前次第だ』と言われておりますわ」
「……私たちの言葉って意外とすぐ家を巻き込むような気がしてるけど……?」
「――裁判沙汰にならなきゃ平気よ」
「……人のこと言えないけど、ビアンカの家って結構ゆるいよね?」
「……うち、自他共に認める武闘派だから――父も母も兄も……嫌いなのよ、自分の取り巻きを使って根も葉もない悪評をばら撒くというやり方が」
「あー……嫌いそう……」
ビアンカの家族たちとは数回しか顔を交わしたことはなく、その数回も挨拶に毛が生えた程度の会話しかしていなかったリアーヌだったが、それでも言葉の端々から軍人のような印象と、まっすぐな人柄を感じ取っていた為、納得するように大きくうなずいた。
その会話を聞いていたレジアンナは少し言いにくそうに口を開く。
「……私は――そのやり方そこまで嫌いではないけど……」
「嫌いじゃなさそー……」
レジアンナの言葉に苦笑いを浮かべながらクスクスと笑い声をもらすリアーヌ。
「――あの方のことは大抵のお方がお嫌いよ! それに今回の態度をどう思いまして⁉︎あの方、学院や国――国王陛下のお達しを、あっさり否定してみせたのよ? ――これは根も葉もある悪評よね?」
先ほどの会話に絡めてビアンカにたずねるレジアンナに、眉を下げながらも「そうですわね」と笑顔で頷くビアンカ。
「……元々レジアンナは率先して前に出ちゃうから、取り巻きを使って――の部分にも抵触してないしねー?」
「――だって、自分で言ってやった方がスッキリするじゃない……」
「……分からなくはない。 私もすぐに余計なこと言っちゃうから」
「ふふっ そんなの全員知ってるわ?」
レジアンナがクスクスと笑いながら、からかうように答えると、友人たちも楽しそうに笑いながら頷き、フォローを入れるように口を開いた。
「確かにその通りですが……お二人の言動とユリア嬢の言動では根本が違いますわ?」
「そうですわね? 少なくともユリア嬢のやり方は多くの者たちを惑わせますもの。 ……あまりお行儀がいいとは言えませんわ?」
「――あのやり方は……多くの方に反感を買いますわよねぇ……?」
そんな友人たちの言葉にレジアンナは肩をすくめながら返した。
「だからこそ、ある程度の敵対を許してもらえてるんだけれどね……皆様のところも同じでしょう?」
レジアンナの質問に、友人たちは答えを濁すように顔を見合わせながら苦笑いを浮かべあった。
唯一、話の流れが理解できなかったリアーヌは説明を求めるようにビアンカを見つめる。
しかしその疑問に答えたのはビアンカではなく、クスクスと楽しそうに笑っているレジアンナだった。
「リアーヌって本当に腹芸が苦手なのねぇ? ――つまり皆様、あの子と……その後ろにいるであろう方たちから距離を取り始めていらっしゃるのよ」
「後ろ……――あ、王……その、ね? あの……後のほうの人」
王妃と言いかけたリアーヌだったが、周りの反応からそれは濁さなくてはいけないのだと感じ取り、持てうる限りの語彙力という名のオブラートで必死に包み隠した。
「まぁね。 ――皆様、その後ろのお方の庇護が永遠に続くわけではないと疑問に感じていらっしゃるみたい。 ……私が望むお方が次に決まるなら、この動きは今よりずっと活発になると思いましてよ?」




