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そして『どうにかしろ!』とばかりに、とある男子生徒たちだけの集団に視線を送った。
多くの視線を向けられ、その集団――特にリアーヌたちに背中を向けているブラウンの髪色を持つ生徒が、後ろ姿だけでも焦っているのが理解できるほどに動揺し、大きくその身体を震え始めた頃、覚悟を決めたリアーヌがようやくその口を開いた。
「――ちょっと声のボリューム間違えちゃっただけじゃない? きっと誰かになにか取られちゃったんだよ、可哀想に……警備部か先生に言えばすぐに解決できるだろうし――多分問題ないでしょ」
リアーヌはそうフォローを入れるように声をかけながらレジアンナたちを促しその場を後にする。
リアーヌたちが少し離れたところで、その背後から同じ男子生徒の声で「なんだよあの言い方!」だの「権力持ってるからってよぉ!」と憤る声が聞こえてきた。
レジアンナたちが眉をしかめるなか、リアーヌだけは必死に背筋を伸ばし、真っ直ぐ前だけを見て歩き続けた。
(……イジメとしてのレベルは上がったけど、味方だって居るんだから、なんの問題もない! はずなんだけど……――忘れてたなぁ……そうだよ、この感じ。 一般的なイジメのターゲットってこんな感じだよねー……――お嬢様たちのイジメがお優し過ぎて忘れてたよ……――ただ、お嬢様にはお嬢様なりのイジメられた場合のお作法もあるとか聞いてないんだよなぁ……?)
登校時こそ、そこかしこから聞こえてくる、心無い言葉に傷付き背中を丸めていたリアーヌだったが、ビアンカをはじめとした友人たちにそんな態度を見咎められ「その対応はあまりにもお粗末すぎる!」と、即席ではあったが教師が来るまでの間、しっかりと対処法や心構えを伝授されていた。
一つ、事実無言である誹謗中傷を気にかけるそぶりを見せるなど言語道断。
一つ、自分にはやましいことなど何一つ無いのだと背筋を伸ばしつつ、悪意を向けてきた“輩”には毅然とした態度を取り、叩き潰せる敵ならばきちんと叩き潰さなければいけない。
うまく対処出来なければ、傷つけられるのはリアーヌだけではなく、ボスハウトの家の名前に傷がつく場合もある。
そうならないよう、気合を入れなくてはいけない――そんなありがたいお言葉を賜った。
(……みんな言葉ではっきりとは言わないんだけど、つまりは『あの程度の相手、軽くあしらえてこその教養学科の生徒でしょう⁉︎』って言いたいんだと思う。 みんな本気で私の対応に憤ってたし……――たださ? 私、今年二年生になったわけだけど……そんな授業受けた覚えねぇんだよなぁ⁉︎ ――やるけどね⁉︎ 家に迷惑がかかるってならやりますけどね⁉︎)
リアーヌはキュッと唇を引き結び、しっかり前を見つめながら頭の中でグチり続ける。
(つーか……私これでもお嬢様なんだけどな……? 元庶民だって、今はお貴族様の一員だよ⁇ なのにここまで直接的にバカにされることある? えー……? 私が平民だった時は貴族ってもっと恐ろしい存在だったけど……?)
リアーヌは不特定多数から受ける悪意と、それに対する漠然とした違和感に、えも言われぬ居心地の悪さを感じていた――
◇
「どうやら彼の方が黒幕のようですわね」
その日の昼休憩、レジアンナはリアーヌやビアンカ、そしてその友人たちを招いたお茶会を開き、情報交換の場を設けてくれた。
そこでビアンカは開口一番に言い放つ。
――しかし、その言葉に驚いたそぶりを見せた者は、“黒幕”という強い言葉を使ったビアンカにギョッと目をむいたリアーヌだけだった。
「黒幕って……」
リアーヌがチラチラと周りの反応を伺いながらビアンカに声をかけるが、本人も周りも冷静なままだった。
それに戸惑うリアーヌに今度はレジアンナが話しかける。
「ご本人が言ってらっしゃるのよ。 隠すつもりもないほどにハッキリとね」
「……そう、なの?」
リアーヌの言葉にレジアンナは大きく頷きながら言葉を続けた。
「ええ。 たくさんの方が見聞きしていらっしゃるの。 あの方ご自身が「あのリアーナが悪者。 どうにかしなきゃ! ――そのために力を貸してくれるなら、いざという時はフォルステル家や“私”が守ってみせるわ!」……そう、はっきり言っていた、とね」
「……マ? そマ?」
ユリアの、そのあまりにも迂闊な発言に、リアーヌは思わず何も考えずに言葉を発していた。
「……そ、ま?」
「あ、それマジって意味ね?」
「マジ?」
「あー……本当って意味なんだけど……」
リアーヌの発言が理解できずに、聞き返すレジアンナに答えながらリアーヌは(ヤバイ……)と内心で慌てていた。
そして、なんとかこの事態をごまかそうと口を開きかけた時、つま先にそれなりの圧を感じる。
(痛いでござる……――なんかちょっと慣れつつあるけど、痛いでござる……)
その瞳に少しの涙を滲ませながら、その原因に視線を送ると、リアーヌに向かって美しい笑顔を浮かべているビアンカがと目があう。
(――ごめんて……わざとじゃないんだって……)
ヘラ……と苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに眉を下げたリアーヌだったが、そんなリアーヌにレジアンナの弾んだ声がかけられた。
「そま、よ! そま! 本当なんだから!」
レジアンナはクスクスと楽しそうに笑いながら、新しく覚えた言葉を楽しそうに披露する。




