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そんな二人にエドガーは「まぁまぁ……」と両手を前に出しながら宥め、リアーヌに向かってこの言いにくそうに口を開いた。
「回復をかけてもらえるのは、あくまでも次に勝ち進んだ生徒のみなんです」
「そーだ! 一回でも勝たなきゃダメなんだぞ? 姉ちゃんにはムリだね!」
「それは……戦闘系のギフトをコピーして……――あとは父さんの豪運で……」
「……むしろ治癒ギフトもっと育てて手伝うとか言ったほうが早いんじゃねぇか……?」
「それは――……」
(――多分ムリなんだよなぁ……あの人ってちょっと人間不信気味だし、なにより自分に言い寄ってくる女が嫌いってめんどくさい好みしてるし……――やっぱりゲームルート通り、一年の頃ころ嫌がらせされるたび度に先生の出現場所に通ってメソメソしとくべきだったかなぁ……? ――恋愛までは発展しなくても、よく話すお知り合い程度にはなれていた説が急浮上……?)
「……あなた、入学当時からミヒャエリス先生のファンよね?」
アロイスとの話し合いにひと段落ついたのか、ビアンカがクスクスと笑いながら会話に加わる。
「――ずっと健康優良児だから全然救護室に行けない……」
がくりと肩を落としながら泣き言をいうリアーヌだったが、背後から聞こえてきた面白くなさそうな「ふーん……?」というゼクスの声に、驚きながら振り返った。
「ゼクス様……あの――ごきげんよう……?」
「あははー……ごきげんではなくなっちゃったかもー?」
「あらぁー……?」
「――ミヒャエリス先生ねー? ……ずいぶん儚げで線の細い方だけど――リアーヌはああいう人が好みなんだー?」
(――ビジュアルも嫌いではないけど、私の性癖はその辺りじゃないっていうか……――でもここで“性癖”とか言い出したらハレンチ案件でとんでもないことになっちゃうでしょ……? なんて説明すべきか……――いや、別に私の推しの萌えポイントがどうのこうのとか、説明する必要とかなくない?)
「なんと言いますか……こう――憧れ、的な?」
リアーヌは首を傾げながら返事を濁したが、その言葉にザームがオエーっとなにかを吐き出すような仕草をしながら口を開いた。
「姉ちゃん、あんなこえーヤツに憧れてんの⁉︎ 趣味悪ぅ……」
「悪くないもん!」
そんな姉弟の会話に部屋にいるほとんどの者たちが首を傾げ、その疑問を代弁するかのようにアロイスがザームにたずねた。
「――怖いって……ミヒャエリス先生が、かい?」
「おう。 あの人、ギフトはすげーけど、近づくとゾワゾワするんだ……――アロイス覚えとけ? あれは敵に回しちゃダメなヤツだ」
「そ、そうなのか……」
ザームの言葉に視線を揺らしながらも素直に頷いているアロイスを見つめながら、リアーヌも心の中で大いに同意していた。
(――それはそう。 敵に容赦する先生とか解釈の不一致が凄まじい……――容赦なく叩き潰してこその先生なのよ!)
「……って言われてるけど?」
ゼクスに話しかけられ、リアーヌは視線を揺らしながらモゴモゴと答える。
「か、鑑賞してる分には無害ですし……それに腹黒なのは理解してますし……」
その弱々しい答えにいち早く反応したのはザームだった。
「はぁ⁉︎ 分かった上で言ってんのかよ? ……趣味疑うわー」
「世の中にはギャップ萌えって嗜好がちゃんと存在してるんですぅー!」
「……ギャップ、もえ?」
言い返したリアーヌの言葉を拾ったビアンカが、不思議そうに首を傾げる。
その態度にリアーヌは(言わなきゃ良かったかも……)と少し後悔しながらも促されるがままに説明を始めた。
「だから……例えば――強そうでちょっと怖そうな男の人が、ものすごい笑顔で甘いもの食べてたり、結構立場のある人――陛下とか学院長とかが、子猫とかに向かって赤ちゃん言葉とか使ってたら、こう……「そんな一面もあったんだぁ……」ってなるでしょ?」
「それがギャップね……?」
「そんな姿を見ちゃった時、こう……別に怖くないんだぁーとか、可愛いところもあるんだぁーって好印象になるのが……萌え?」
(……ちょっと違うけど――まぁ良いだろ)
「――その理屈でいうと……貴女はミリャエリス先生に対して、どんなギャップ萌えを感じているのよ?」
「え? ……あんな天使みたいな見た目のくせに、天然なんだか愉快犯なんだか判断がしにくいラインの言動で周りをからかって楽しんでる腹黒だよ? ものすごいギャップじゃん?」
リアーヌが答えた瞬間、ザームの口から「うわぁ……」という声が漏れた以外、その部屋の中にいた全員が無言でリアーヌから視線を逸らしていた。
――部屋の隅に控えていた、護衛であるはずのオリバーでさえも、その瞬間だけはそっと視線を外していた。
「――え? だって……凄いギャップじゃん!」
「……そう、だね? ――ちょっと凄すぎるかな……?」
「いつも以上にあなたの言葉が理解できないけれど……――それは悪趣味と言われても否定できなくてよ……?」
「そんなバカな⁉︎ あの、虫も殺せないような笑顔で嫌いなヤツを奈落の底に突き落とす感じ……良くない⁉︎」
リアーヌはビアンカやザームに同意を求めるように視線を向けるが、二人は肩をすくめながら冷ややかな視線をリアーヌに返しながら答えた。
「――良く、は無いわ?」
「いいわけねーだろ……」




