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「その……」
言いにくそうに言葉を濁したリアーヌが、ようやくいまだに自分と恋人たちの丘で鐘も鳴らしていなければ、鍵もかけていないということを思い出したと、正しく認識したゼクスは、盛大なため息をつきながら口を開いた。
「あーあ……約束したんだけどなぁー? 忘れられちゃったのかなぁー?」
「う……」
「――この次はどこに行こっか?」
「……その、一緒に鐘を鳴らしていただければと……」
「――それから?」
「鍵も……」
「それでそれで?」
「――絶対楽しんでますよね⁉︎」
ニヤニヤとからかうように質問を重ねていくゼクスに、リアーヌは頬を赤く染めながら言い返す。
そんなリアーヌにゼクスは芝居がかった様子で眉を下げると、再びみよがしなため息を吐き出した。
「俺ずーっと待ってたのになぁー? リアーヌが誘ってくれるの、ずぅーっとずぅーっと待ってたのになぁー⁇」
「ぅ……――それから、その……プチシューをご一緒に……?」
前髪を整えるように触れながら、赤く染まる顔を隠しながら首を傾げた。
そんなリアーヌに、ゼクスはようやくいつもの笑顔で頷く。
「――喜んで」
そしてそのまま千本鳥居のほうへ歩いて行く二人。
上機嫌に歩くゼクスに向かって、リアーヌは気恥ずかしさをごまかすように、わざと悪態をついた。
「――来年私のクラスが落ちちゃったら、ゼクス様も道連れなんですからね!」
「あははっ それでヴァルムさんに叱られちゃったら、ちゃんと慰めてあげるからね?」
「ぐぬぅ……」
上機嫌なゼクスに軽くあしらわれ、面白くなさそうに顔をしかめるリアーヌ。
そんな二人だったが、周囲の者たちからはじゃれあっている仲の良いカップルにしか見えないようだった。
◇
照れながらも、恋人たちの丘にやって来たリアーヌたち、貸切とはいえ学科も学年も関係なく全校生徒が花園に来ているので、鐘を鳴らそうとする者たちで、それなりの長さの列が出来上がっていた。
遠くからそれを確認しつつ「最初は鍵をかけようか?」「プチシューを食べて少し休憩しても良いですよね」などと話し合っていた二人の耳に、あまり聞きたくない声が届いてしまう。
「だから私とも鐘を鳴らして欲しいの!」
無言でその方向に視線を向け、そこにユリアがいることをを確認すると、二人はやはり無言で顔を見合わせた。
(よりにもよって、ユリアがレオンに鐘を鳴らそう! って誘ってるタイミングで到着するとか……)
「どう、しましょっか?」
「――先に休憩しよっか? ゆっくりだったけど結構歩いたし」
「ですねー……?」
そんな会話をしながらプチシューを販売している売店へと足を向けるリアーヌたち。
(――ここでレオンに声をかけるってことは、やっぱりあの子はレオン狙いなんだろうけど……――少しでいいから空気読めと……レオンの隣にいるクラリーチェ様が見えないのか……? 会話の流れ的に多分クラリーチェ様とレオンが鐘を鳴らした直後に突撃して『私とも!』って言ってるっぽいけど……――どんなメンタルしてたらそのタイミングで声かけられるんだよ…… 仮に、もしもの話だけど、ユリアとレオンががこっそり会ってて、二人の仲が少しは進展してたとしても、今声かけるとかありえないでしょ……)
「リアーヌ、飲み物はなににする?」
「アイスココアがいいです!」
「ふふ。 じゃあ俺もそれにしようかな?」
――実はこの恋人たちの丘、発案者のリアーヌも把握していないウワサが囁かれ始めていた。
曰く、売られている錠前の鍵は花園で回収してもらわないと別れやすくなってしまう。
曰く、かけられている鍵にイタズラをするとバチが当たるらしい。
そして――プチシューだけではなくココアも一緒に頼むと恋が成就しやすい、と言ったウワサもあった。
リアーヌの様子からそのウワサのことは知らないようだと察していたゼクスだったが、それでも二人でプチシューを食べながらココアを飲むという行為がゼクスは嬉しいようだった。
木漏れ日を浴び、爽やかな風を感じながらプチシューを食べさせあうリアーヌたちだったが、その表情はどこか強張っていてチラチラと視線をある方向に向け続けていた。
「立場を使って縛りつけて、幸せになれると思ってるの⁉︎」
「…………」
「…………」
聞こえて来たユリアの声に、大きく息を吸い込みながら、最新の注意を払い、決してそちらに視線を向けないように気をつけてながら空を見上げる。
「……いい天気で良かったねー?」
「……ですねー?」
(――いや、確かに他人の会話に聞き耳を立てるのはお行儀悪いってのはそうなんだけど……――そのルール、一旦見直すべきだと思いますよ⁉︎ いや、こんだけオープンな場であれだけの大声で強烈批判始めるような貴族、他に見たことないんですけどね⁉︎ ――どうするんだよこれ……周りの人たち全員、初手で聞かなかったふりしちゃったもんだから、これだけの騒ぎになってるのに誰も助けに入れなくって、もにょもによしちゃってるじゃん! ……花園は王家の所有だからって護衛の同行を自粛した弊害がこんなところにまで……!)
「――っ無礼者が! 二度と私たちに近づくな‼︎」
聞こえて来たレオンの怒鳴り声に、リアーヌがとっさに反応したのをごまかすように、ゼクスは無理やり言葉を捻り出す。




