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「さすがに親父はもうやってないけど、若い頃はあちこち飛び回ってたって聞くし……そもそもうちは販路拡げて大きくなってきた家だからさ」
ゼクスの説明にリアーヌは(やっぱりそうなんだぁー)と瞳を輝かせながら説明の言葉を聞いている。
――なんと言ってもゼクスは攻略対象者――リアーヌの愛したゲームのキャラクターである。
そのキャラクターが自ら家の説明をし、自分の考えを話している。
(うわ、その考察してる人見たことある! これだから野生の公式は……)などと考えながら、興味深く聞いていた。
そんなリアーヌの様子にゼクスは少し意外そうに目を見張ったが、キラキラと輝く瞳に後押しされるように説明を続けた。
「……で、そうなると必然的に各地への旅が多くなる。 もちろん宿があればそこに泊まればいいだけだけど、ない場合も……まぁ、あるよね?」
そこまで説明したゼクスはテーブルの上で指をくみ、リアーヌたちの反応を伺うような、同意を求めるような視線を向けた。
リアーヌはなんのことなのか分からず首を傾げたが、ビアンカは細く長いため息を吐きながら口を開いた。
「それで四大属性魔法――ですか?」
ビアンカの質問に、自分の意思が伝わったのだと感じたゼクスはニヤリと口元を綻ばせるのだった。
「まぁねー」
そんな二人のやり取りが理解できなかったリアーヌはビアンカに助けを求める視線を送った。
これはここ最近、さまざまな授業で見られるようになったリアーヌのクセのようなものだ。
(……分からないことがあったらすかさずビアンカ先生!)
「……そのお話、全て書面にして契約内容に組み込むことは可能でしょうか?」
その言葉にゼクスは盛大に顔をしかめた。
特になにかをごまかそう、などどいう考えは持っていなかったが、今の話をこちらの不利益にならないように契約内容に組み込むこと莫大な手間と労力が伴う。
――ゼクスは単純にその作業を嫌がっていた。
……のだが、ビアンカにもそんな事情が察せられるわけがなく、嫌がるそぶりを見せたゼクスは、書面にすると都合が悪いのか……? という疑惑の眼差しを向けられることになった。
言葉でその勘違いを正そうと、口を開きかけたゼクスだったが(ここで言い訳しても疑いが深まるだけか……)と考えを改めてつつ、面倒な作業を思いながら肩をすくめて、諦めたかのように笑顔を貼り付ける。
「……ものすごい膨大な量になるけど構わないかな?」
それでも一縷の望みをかけ、チラリとリアーヌを見つめながら確認を取った。
『膨大な量になるなら書面になんかしなくても……』と口にしてくれはしないだろうか? と期待して。
「問題はないでしょう。 ボスハウト家の執事が隅々まで確認するでしょうから」
リアーヌが口を開くよりも前にビアンカがそう答え、ゼクスの希望を打ち砕いた。
「――分かったよ。 なるべく早くまとめてボスハウト家に持ち込ませてもらうよ」
ふぅー……と息をつきながら、ゼクスは観念したように肩を下げつつ答えるのだった。
「――あれ?」
話し合いも終わり、そろそろ教室へ戻らなければ……と、各々が席から立ち上がりかけた時、リアーヌはある可能性に気がづき、思わず声を上げた。
「――どうかしましたの?」
「あ……いや……」
ビアンカからの質問にどう答えるべきか迷ったリアーヌはチラリ……とゼクスを見つめた。
「――え、俺……?」
「あ、いや……ゼクス様と言いますか……」
自分を指差して目を丸くしているゼクスに、リアーヌは大きく首を捻りながら、まだ迷うそぶりを見せていた。
「……疑問や不安があるならさっさと聞いてしまいなさいな」
煮え切らないリアーヌの態度にビアンカは腰に手を当てつつ眉を顰める。
そんなビアンカの態度に、ある意味で背中を押されたリアーヌはオズオズとゼクスに向かって口を開いた。
「あの……」
「うん。 なんでも聞いて? リアーヌ嬢の希望はできるだけ叶えようとは思ってるんだよ⁇」
ゼクスは自分がなるべく魅力的に映るよう心がけながら微笑む。
この程度で、目の前の稀有なギフト持ちを繋ぎ止められるのであれば、儲けものだと考えながら。
「その旅に行くのになんで私……っていうか四大属性魔法が必要なのかなって……?」
リアーヌはあえて本当に自分が聞きたかった質問から少しかけ離れた質問を投げかける。 質問して勘違いだったら自分の自意識過剰さが嫌になってしまうからだった。
「火の魔法が使えれば、どんな場所でどんな天気だってか簡単に火がつくでしょう? 場合によっては燃料がいらない火を操れるわ」
「――確かに便利そう……」
ビアンカの説明にコクコク頷きながら同意する。
(ライターがあっても焚き火なんて簡単に出来ないって聞いたことあるし――そもそもこの世界ライター無いと思うし……)
ゲーム知識でしかこの世界ことを知らないリアーヌではあったが、貴族の仲間入りをした現在でも、そういった科学の発達によって生み出された品物を見ることは無かった。
そのためこの世界には無いのだろうと考えていて、実際のところもそうで、似たような魔道具はあっても機械は存在しなかった。
(――より一層ギフト持ちのありがたみが増す仕組みになってるのかも……?)
「水魔法があれば、大量の飲み水を運ぶ手間が省ける。 風魔法は――」
ビアンカはそこで言葉を切りゼクスを見つめた。
「――その分船が早く進むんですよね。 旅は陸路ばかりではありませんので」
「えっ水路で旅ができるんですか⁉︎」
ポロリとこぼれ落ちた、自分の知らないこの世界の情報にリアーヌは再び瞳を輝かせた。
そんなリアーヌの様子にゼクスはフッ……と小さく微笑み、ビアンカは呆れたように肩をすくめるのだった。




