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リアーヌは熱く語り出したビアンカに生ぬるい視線を送りながら曖昧に頷いた。
そして、そっと視線を外しながら言葉を続ける。
「――でももう終わったことだからどうしようもないね……?」
「――つくづく悔やまれますわ……」
不機嫌そうに顔をしかめたビアンカに肩をすくめながら、リアーヌは心の中で一人グチる。
(……私はビアンカがアロイスの研究に賛同する前にそれを阻止できなかったことを悔やんでいるよ……――イヤな予感とかはしないから、私にはなんの実害もないんだろうけどさっ!)
「あー……その話は置いておいて――……ボスハウト家としてはコピーに対する警告として対応するんだね?」
ゼクスは苦笑いを浮かべながらリアーヌに確認を取る。
どうやらボスハウト家の考えと決定が知りたかったようだ。
「――ラッフィナート商会としてはどのように……?」
ビアンカは気を取り直すように二、三回咳払いをしてから、ようやく情報収集を開始させる。
「あー……結果としてはボスハウト家と同じ、ですかね?」
「――結果としては、ですか?」
「ええ。 単なる暴走ならばほっておいて問題はありません――そんな考え無しに付き合ってられるほどヒマではないので」
「……――概ね同意いたしますわ」
その時リアーヌは初めて気がついたが、ベランダに続くドアを、ラッフィナート、ボスハウト、ジェネラーレ家の護衛やメイドたちで守り固めていて、ここでの会話はそこまで大きな声でも出さなければそうそう聞かれないようになっていた。
そのためか、ゼクスたちはいつもよりも少しだけ本音を交えて話し合う。
声は極力抑えながら。
「……そうなると警戒すべきは、コピー持ち
に対する警告だった場合です」
「――確かに警戒しておくに越したことはございませんわね?」
「ええ」
「……――ってことは……かの方は犯人なんかいないと分かっていて、私にあんな言いがかりをつけたって……⁉︎」
「あー……それは、意見の分かれるところだね……?」
「――私が犯人だと思ってたかもしれない……?」
「正直、どっちでも良いかなって思ってる……」
「ええー……?」
「あっちの考えを知るのは大事だと思うけど、今はそれよりも我々がどう対処すべきなのかを考えるべきだと思うし」
「――それは……そうかもですね?」
ゼクスの言葉に少しだけ納得がいかなそうに首を捻りながらも、その意見には同意するリアーヌ。
そんなやりとりをする二人にビアンカが話しかける。
「――それにしても……ここまで考えも望みも読めない相手との駆け引きは……恐ろしいものがございますわね?」
「……仕掛けられた時にはすでに――だなんて笑えませんもんね……?」
「――え……?」
ゼクスとビアンカの会話に、不安そうな声を漏らすリアーヌ。
そんな小さな呟きを聞きとって、慌ててゼクスはフォローを入れた。
「いや、そうならないようにうちも、ボスハウト家も動いてるんだけどね?」
「そう、なんですか……?」
「あれだけ盛大に仕掛けられりゃね?」
「……確かに盛大でしたね?」
「それで――……これはまだ提案の段階なんだけど、その対応策の一つとして、リアーヌのコピーのことを公言してしまおうと考えてる」
「……それはギフト自体もってことをですよね?」
「ああ」
「え、でもそれって……」
リアーヌは視線を揺らしながらゼクスを見つめ、その考えが変わらなそうだと感じ取ると、今度はビアンカに助けを求める視線を送ったが、ビアンカは今の話の流れからすでにボスハウト家との相談も済んでいることを察し、眉を下げ曖昧に微笑むだけだった。
「――正直、大騒ぎにはなると思う……」
動揺するリアーヌに肩をすくめながら答えるゼクス。
「じゃあなんで……?」
「あちらよりも先に手を打つべきだと考えてる」
「先……――向こうにバラされるかもしれない?」
「するつもりがあるのかどうかは分からない。 ……もっと言うなら、知ってるのかどうかも。 でも知っていたならその情報は向こうの強い手札の一つだ。 それをこちらから切る意味はある。 こちらは根回しも相談も終えて、準備は整ってるからね」
「――対して向こうはなにも知らない状態……上手く立ち回れなければ、手札ごと優位性を消せる――ということですわね?」
「そうなってほしいと願ってます」
ゼクスの説明に、感心したようにビアンカが頷き、その分かりあっている様子に、リアーヌも合わせるように感心しているような表情を取り繕って頷いた。
(――え、相手の手札をこっちが勝手に公開しちゃう? もはや反則……――まぁ、ユリアと楽しくゲームしてるわけじゃないんだけど……)
「――……あちらにとって、あなたのギフトは脅威になる。 これは分かるわね?」
リアーヌが知ったかぶりをしていることなど、お見通しのビアンカは呆れつつも説明役を買って出る――まるでベテランの家庭教師のように一つ一つ噛み砕いて理解させていった。
「うん。 分かる」
「それをあなたが――というかボスハウト家やラッフィナート男爵が公開する――もう少し詳しい説明を添えて」
「詳しい説明?」
「ええ――そうですわよね?」
相手の手札を潰すとなれば、それが最善手であるのだが、ビアンカは念の為ゼクスに確認を取る。
そして「その通りです」と大きく頷いたゼクスに軽く頷き返しながら説明を再開させた。
「コピーするには条件があると教えてくれたでしょう?」
「あ、勝手にはコピーできないんですよってことも説明するんだ?」
「ええ。 ――まぁそのそのへんは、最初は疑われると思うけれど……すぐに解消されるから、少しの間は我慢なさい」
「えー……――最初から黙ってればそんな疑いかけられないのに……?」
「……それにはあちらにも黙っていてくれるという大前提が必要になるけど、あなたどう思いまして?」
「……――バラされそうですね?」




