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リアーヌは思わず戸惑いの声を上げてしまうが、すぐさま抗議の声を上げたのはその教師だった。
「――その言葉は聞き捨てなりませんね? まるで私が特定の家の意思を反映させているかのような物言いですが……?」
不快感もあらわに、眉をひそめる教師の言葉に、ユリアは噛み付くように言い返す。
「だってそうじゃない! 私がいじめられてるって相談した時には、話なんかろくに聞いてくれなかったくせにっ!」
「……私はあなたからそのような相談を受けた記憶などございませんが――……ですがそうですね。 心ある教師ならばこう助言したのではないでしょうか? 『――日頃の行いを改めてみては?』と……」
その教師の言葉にユリアの表情がみるみるうちに驚愕に歪んでいった。
そして、その顔をリアーヌに向けるとふるふると首を振りながら言い放つ。
「そんな……――これもみんなあなたが……? 先生まで……――なんでこんなこと……! どうしてよ!」
「……え?」
(あれ……? これは――もしかしなくても私が黒幕だという結論に至った感じでしょうか……? ――おかしいな? 私、ほとんど喋ってなかったのに、どんどん悪者になっていってるんだけど……? 否定? 否定をしなかったからいけないの……?)
「――まもなく授業が始まります。 これ以上ここで騒ぎを起こすというのであれば警備の人間を呼びます」
教師からの最後通告に、ユリアはギリギリと歯を噛み締めながらリアーヌを睨みつけた。
(……今さら否定したって手遅れな気がするなぁ……?)
「――私、あなたなんかに屈しないわ」
そう宣言すると大きく鼻を鳴らして教師に向き直るユリア。
そしてその後ろをキョロキョロと周りを伺いながら着いていくベッティ。
(……完全に私が黒幕になりましたけれど……――私がなにをしたと……え、これ対処法とかあった⁉︎ なにが正解だったの⁉︎ あんなのの対処法なんか習ってませんけど⁉︎)
ユリアと入れ替わりで教室内に入って来たオリバーは、さっとリアーヌの安全を確認すると、顔をしかめながらカチヤたちに向かい苦言を呈した。
「――言い過ぎだ」
「ですが!」
「あんな無礼者!」
キッと言い返した二人を睨み返し、低い声で短く「――黙れ」と言い放ったその言葉に、カチヤたちのだけではなくリアーヌの肩もビクリと大きく震えた。
「……お前たちの腹が立とうが減ろうが関係ない。 ――全ての悪意は誰に向いた?」
「そ、れは……」
カチヤは視線を揺らしながら下を向く。
「――守れば良いのか?」
「あの……」
コリアンナもオリバーの言葉にゴクリと唾を飲み込みながら視線を逸らした。
「――思い上がるなよ……?」
オリバーの地を這うような低い声に、リアーヌは居心地が悪そうにソワソワと視線を揺らしながら椅子に座り直す。
「……その大切な方が帯びてえるみたいですけどー?」
おどけたようにそう言ったゼクスは、苦笑いを浮かべながらポンポンとリアーヌの背中を優しく叩いた。
その行為に想像以上に安心したリアーヌは、少し戸惑いながらもヘラリ……と微笑み返す。
「いきなり絡まれてびっくりだよねー? 大丈夫だった?」
「――正直、さっきのでそっちの衝撃はかなり薄れました……」
オリバーから視線を逸らしながらモゴモゴと答えるリアーヌ。
「あー……――怖かったねぇ……? 俺が付いてるからね? もう大丈夫だよ」
それに大袈裟な返事を返しながら、ゼクスはリアーヌの背中を労るようにさすり続ける。
「――そこ掻っ攫いますかねぇ?」
困ったように笑いながら肩をすくめるオリバー。
適任であるとはいえ、良いところだけを掻っ攫っていったゼクスに、少々思うところがあるようだ。
「そりゃあ……俺以上に適任なヤツはいないでしょうし?」
おどけた仕草のゼクスにオリバーは小さくため息をつくと、リアーヌを怖がらせないよう、スッとその場に跪きながら話しかける。
「――お怪我はございませんか?」
「はい……!」
オリバーの質問に力強く頷き返すリアーヌ。
今までのやり取りで、先ほど感じた恐怖はだいぶ薄れているようだった。
「――本日は念の為、お一人で行動することはお控えいただきますよう……」
「分かりました!」
オリバーはその返事に優しい顔つきで頷くと、チラリとカチヤたちに視線を流してから教室を出て行く。
ヴァルムといち早く連絡を取り、今後の方針を決めるつもりのようだ。
オリバーが教室から出て、カチヤたちがいつものように教室の後ろに場所を移すと、教室の中にはようやくいつもの空気感が戻り始めた。
「――災難でしたわね?」
そんな中、気の毒そうに眉をひそめながらリアーヌに声をかけるビアンカ。
「――なぜ逃げた」
「あら、人聞の悪い。 先生方にお伝えしに行きましたのよ? ――もっとも、それより先にお宅の護衛が動いたようでしたけど?」
「そう……だったんだ……? ――あの、ビアンカごめんね……?」
ビアンカの話を聞いたリアーヌは、申し訳なさそうに肩を落としながら謝罪の言葉を口にする。
「――まぁ、面倒ごとから距離を取ったのは確かなんですけれど」
しかしシレッと続けられた言葉に、リアーヌはじっとりとした目つきになり、ゼクスに向かって口を開く。




