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リアーヌはもにょり……と歪む口元を隠すように下を向きながら口元に手を添えた。
そしてそのまま考え込む。
(――待って? ベッティ側からしたら、主人公って質問するだけしてあとは自分の存在無視して恋愛してる女ってことになったりする……? ――いや、さすがにそれはないよね⁉︎ ゲームのシナリオに書かれてないところでは仲良くしてるよね⁉︎ ほら! 朝とか! ……――まぁ、会話は攻略キャラのことばっかりなんだけど……でもほらお昼とか放課後とか……は――攻略キャラとのおしゃべりやイベントでしたねぇ……? え……実は私も嫌われていた説……?)
そこまで考え、リアーヌは教室から窓の外を眺め、大きく深呼吸を繰り返した。
(……落ち着け落ち着け、そういう決めつけは良くない。 私の時と今回は全然違うって! だって私の時はちゃんと悪役令嬢が頑張ってたんだから! 画面に表示されてたベッティだって笑顔だったし! ……まぁ、今回のベッティも笑顔でユリアとおしゃべりしてるんだけど……――本当にユリア、なにしたんだろう……お助けキャラにイジワルされるとかよっぽどだよ? しかも、その皺寄せがクラリーチェ様にいっててさぁ……――いくらなんでも他人に罪を押し付けるのはやりすぎだって……)
黄昏ながら外を眺めていたリアーヌは、教室が俄かにザワつき始めたことに気がついていなかった。
教室の異変に気がついたのは、バンッ! とリアーヌの机に、けたたましい音を立てて“なにか”が叩きつけられた時だった。
「――ぇ?」
小さな声を漏らしながら大きな音がした机を見下ろすと、ボロボロにされた教科書が数冊と、それを叩きつけたであろう犯人の手が見えた。
「あなた! こんなことして恥ずかしくないの⁉︎」
そして頭上から聞こえてきた罵声に呆然と視線を向けると、こちらを睨んでいるユリアの姿があった。
「……は?」
目の前の事態がよく理解できず、リアーヌは小さな疑問の声と共に首を傾げた。
「とぼけるつもり⁉︎」
「ちょ、ちょっとユリア……! ねぇ、ダメだよ……!」
ユリアの後ろからオドオドとした声が聞こえ、リアーヌはようやく目の前に立っているのがユリアだけではないと知った。
(……うん。 君が真犯人なんだから、もう少し気合いを入れて止めてくれないかな……?)
「いいからっ! こういうことに貴族も平民も関係ないの! 悪いことは悪いの! はっきり言わなきゃダメ!」
(……誰でも良いから、言いがかりは悪いことだと教えてやれし……)
リアーヌが声もなく呆然とそのやりとりを見つめていると、その背後からそっと優しい声がかけられた。
「お嬢様、ご無事でございますか?」
「おケガなどはございませんか?」
「カチヤさん、コリアンナさん……」
心強い声にホッとしながらその名前を呼ぶリアーヌ。
「――なんですかあなたたち、私はこの人に話があるんです。 邪魔しないで!」
ユリアはキッと二人を睨みつけながら言うが、カチヤたちはその顔に貼り付けた笑みを深くしながら、ユリアに話しかける。
「恐れながら……フォルステル伯爵令嬢、ユリア様とお見受けいたします」
「――本日はどのような御用向きでございましょうか? ……お約束は無かったように思われますが……?」
にこやかに紡がれた言葉にユリアはグッと押し黙る。
貴族社会に疎い自覚のあるユリアは、その辺りのマナーを指摘されるのが苦手だった。
「――……もしかして間違われてしまいました?」
「――ああ……――ここの所、毎日のようにいらっしゃってますものね? けれどここは専門学科の教室ではございませんよ?」
カチヤたちがユリアが毎日のように教養学科――レオンの元へ突撃していることを揶揄すると、それを聞いていたクラスメイトやそのお付きたちから、あからさまな失笑が漏れる。
そんな周囲の反応に顔をしかめつつ、ユリアはカチヤたちを睨みつけた。
「――どう言う意味よ?」
「あら……私たちの言葉に意味など……」
「ええ……――所詮はメイドですので……――けれど……ユリア様はやっぱり独創的でいらっしゃいますのね?」
「……独創的?」
先ほどバカにされた自覚のあるユリアは、少し身構えながらもカチヤに尋ね返す。
「ええ、とてもお珍しいことですもの! ――伯爵家の養子にまでなる優秀なお方がわざわざ専門学科にご入学なさるだなんて!」
「さすがは特別なギフトを持つお方ですわ! 考えることが斬新でいらっしゃる!」
カチヤに合わせるようにコリアンナも楽しげに言葉をかける。
そしてやはり聞こえてきた周囲からのクスクスとした笑い声にユリアはその瞳をギリギリと釣り上げる。
(――え、なにこの胃に穴が空きそうな会話……――まだ教科書叩きつけられてた時のほうが気楽でしたよ……? 大体こう言う時ってカチヤさんたちは勝手に出てきちゃダメなんじゃ……――あー、あの教科書叩きつけ事件を“攻撃”だと捉えれば、許される……のか?)
――この学園では生徒の能力向上を目的として、使用人が過度に主人を助けることを禁じている。
授業中の補助は全面的に禁止で、それ以外の場面でも、主人のほうから声をかけられるまで手を貸してはいけない――というルールも存在した。
例外は主人が危険に晒された場合のみだった。




