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ジェネラーレ子爵家のサロンに移動したリアーヌたち。
リアーヌは初めて入った部屋の中を無遠慮にキョロキョロと見回している。
(パラディール家のサロンと全然違う……――って当たり前か……あっちは公爵家だもんねー。 一緒のサイズだったら逆に問題か。 ――でも、ここだって一人暮らし用のワンルームって感じで意外に居心地が良さそう。 日当たりも良くて明るいし窓の外のお庭も綺麗)
「侍女がおりませんもので、お茶もお出しできませんけれど、ご容赦くださいませ」
「こちらがお願いしたんですから、そこまで気を遣わないでください」
少々白々しい会話をしつつ、ビアンカはゼクスとリアーヌに席をすすめ、自分で椅子を引いてさっさと席に着いた。
本来ならばご令嬢が自分で椅子を引くなどあり得ない行為だったが、このサロンにはこの三人以外の人間が存在しないので、自分でやるしかない。
――貴族や王族ばかりの学園で、一年生に侍女や侍従を付けないことには明確な理由がある。
授業での手助けを懸念しているのだ。
特にマナーやダンス、今後社交に関わるようなものの場合、周りからの手助けだけで授業をクリアしていては、実践でまともに動けず失敗する未来しかない。
――この国で一番の学園であるこのレーシェンド学園の卒業資格を持っている生徒が、だ。
そんな悲劇を生まないため、この学院では、少なくとも一学年の間だけは侍女や侍従の動向を禁じていたし、2年3年になっても推奨はしていない。
――もちろんなにごとにもぬけ道というものは存在していて、大貴族と呼ばれるような家の者たちは、侍女代わりにと、友人を連れ歩く者もいたのだが――
「――それで、ラッフィナート殿はリアーヌをどうするつもりですの?」
全員が席につき、どことなく会話の最初の糸口を探すような空気になったところで、ビアンカが単刀直入にたずねる。
そんなビアンカの態度に驚き目を見開くゼクスだったが、ジワリ……とその顔に笑顔を浮かべ、面白そうにビアンカを見つめながら口を開いた。
「――どうもこうも……将来はうちの店でその力を発揮してもらいたいと思ってますよ?」
その言葉にリアーヌは安心したように微笑み、ビアンカは警戒するように目を細めた。
「……今のままの能力で、ですか?」
その質問を聞いたゼクスは困ったように笑い何も言わずに肩をすくめた。
しかしビアンカもリアーヌもなにも話さずにゼクスの答えを待っていると、長いため息と共に、少し投げやり気味に答えた。
「――そりゃ、俺個人としてはコピーしてほしいギフトはわんさかありますよ? 四大属性に回復、もっと覚えられるならいくらでもね」
「なんのために?」
「そりゃ俺が快適に仕事をするために決まってる」
「――つまり……貴方はリアーヌに自分を守らせるつもりなの?」
ビアンカの言葉にリアーヌがギョッと目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 俺女の子に守られて変然としてるほどのクズじゃ無いつもりだよ⁉︎」
その答えにリアーヌは心の中で(いやそれはダウトだわー……)とツッコミを入れた。
守られて平然としているような描写はなかったと思うが、相手を利用したとえ破滅させてしたとしても悠然と笑っていたゼクスを描いた、美しいスチル絵を鮮明に覚えていたのだ。
「大体、ボスハウト家のご令嬢を盾にしたなんて噂が出回ったら、うちの店が潰れるほどの賠償金請求されるに決まってる」
「……それは……まぁ、確かに……?」
(そしてその賠償金は私のところには回ってこなくて、なぜか国や偉い人が山分けするんでしょ? リアーヌ知ってる)
リアーヌも知っているほどのことだったので当然ビアンカも知っていた。
そのため、ゼクスの言葉に視線を彷徨わせながら反論の言葉を探すことになったようだった。
「――では、あなたはリアーヌになにをさせるおつもりなんですの? ボスハウト家を味方に取り込むおつもり⁇」
「……その選択肢が無いわけじゃないけど……その家唯一のお姫様に仕事させておいて「俺、娘さんに良くしているので味方になってください」とか、反発しか受けないと思わない?」
肩をすくめながら答えるゼクスに、ビアンカは不可解そうに首を横に振りながら口を開く。
「……あなたの考えがわかりませんわ……?」
二人の話を大人しく聞いていたリアーヌだったが、その言葉には完全なる同意だったのでチラチラと二人の顔を伺いながらコクコクと小さく頷く。
ゼクスはそんなリアーヌの様子を見て、困ったように「あー……」と少し迷うような声を出すと一つ息をついてから、ゆっくりと話し始めた。
「――これ……もうちょっと後になって話そうと思ってたんだけどなぁ……」
そこまで言って「はぁぁ……」とため息混じりに項垂れた。
そんなゼクスに、ビアンカとリアーヌは顔を見合わせると、そのまま無言で話の続きを待つ。
「あー……俺ってさ、ラフィナート商会の跡取りでしょ?」
首の後ろあたりをさすりながら、少し言いにくさそうに話し続けるゼクス。
「――って言っても親父はまだまだ現役で、 俺はまだまだ半人前……ってなってくると、必然的に“継ぐための修行”ってのをやる訳だけど……うちで最も大切にしてる仕事が仕入れとかその交渉なんだよ。 現地まで行ったりのね?」
「……そうなんですか?」
商人の、ましてや国で一番大きな商店の修行事情など、カケラも知らないリアーヌは、首を傾げながら少し声をひそめてたずねた。
その言葉にゼクスは肯定するように何度か頷き、ビアンカは曖昧に微笑んで見せた。
もしかしたら、ビアンカにも大商家の修行事情の知識は無かったのかもしれない。




