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「そ、れは……」
オリバーの言い分にアンナも納得してしまう部分があるのか、少しの間言葉を濁していたが、気を取り直すようにふるふると首を振ると、鼻息も荒く断言する。
「――いいえ! お嬢様はまだ学生なのです! このようなことは結婚してからです!」
(――いやそれはおかしい⁉︎ ……あ、いや貴族的にはそれが普通――というか推奨されるべきこと……? そういえば……この距離感で座るのも(近⁉︎)って思っちゃうぐらいには接触少なめだよね貴族の恋愛って……――ま、どこでもイチャイチャし始めるバカップルはいつだって距離感バグってるんですけどー)
「さぁ! さっさと離れなさい! 近すぎますよ!」
「……俺はそんなことないと思いますけど――リアーヌはどう思う?」
「えっ⁉︎」
(それ私に聞く⁉︎)と、目を丸くするリアーヌに、ゼクスはクスクスと笑いながら少しだけ距離を保って座り直す。
どうやらゼクスに揶揄われたようだった。
それが面白く無くムッとした表情をゼクスに向けるリアーヌだったが、クスクスと笑い続けるゼクスに引っ張られるように自分の顔も段々とニヤケていき――
やがて二人、顔を見合わせながらクスクスと笑い合うだけになってしまった。
少しの間ののち、ようやく笑いが収まったゼクスはそっとリアーヌの手を取り、その薬指にそっと指輪をはめる。
それを眺めつつリアーヌはまた頬を赤く染めたがこれ以上ないほどに幸せそうに微笑んでいた――
「――今日は俺も帆の使い方とか教えてもらおっかなー?」
わざとらしく言ったゼクスの言葉に、周りの船員たちから呆れた視線とヤジが飛ぶ。
「坊に教えることなんか、もうねぇんだよなぁ……?」
「教えて欲しいなら積荷の管理と帳簿つけじゃねーかー?」
「――改めてだよ。 何事も確認は大切だ、そうだろ?」
口うるさい船員たちにゼクスは大袈裟な身振りで答えながらリアーヌの隣に陣取り、その手に輝く指輪とリアーヌの赤く染まる頬を愛でる。
「最もらしいこと言いやがって……」
「いちゃつきてぇだけじゃねぇか……!」
そう言った拍子に風持ちの船員が帆に向かって風魔法を叩きつける。
ぐぅん……と大きく進む船。 それに伴い少なくはない揺れも襲ってきた。
「おいおい、風まで乱すんじゃねぇよ……」
「――すまん……」
同僚にたしなめられた船員は、頭をかきながら首をすくめる。
「――ったく……――#坊__ぼん__#も気をつけてくださいよ?」
「今のに俺は関係ないでしょ⁉︎」
「……大体は坊のせいですよ」
ニヤリと笑いながら肩をすくめる船員に、そこかしこから同意の言葉が聞こえてくる。
「そーだそーだ!」
「そういうことなんっすわー」
「……――そーだそーだー」
周りの反応を見て、リアーヌもそのヤジに乗り、少し押さえ気味の声で船員たちのヤジに混じり込んだ。
「――ちょっとリアーヌ?」
しかし女の声――しかも隣から聞こえたとあってはごまかせるわけもなく、すぐさまバレてジロリと睨まれる。
リアーヌはクスクスッと笑いながら顔を背けた。
そんなリアーヌを見つめながら、少し唇を尖らせたゼクスだったが、その表情からはどこと無く楽しげな雰囲気が伝わってくる。
――それは周りの人間たちにも伝わったのか、アンナやオリバーは視線を合わせながら肩をすくめ、船員たちは「ケッ……」と、顔をしかめ合っていた。
「クソがぁ……」
「――もう見るなって……」
「ありゃムリだろ……プロポーズ直後だぞ?」
その言葉を聞き取ったリアーヌは頬を染めながらも、その言葉に自分でも驚くほどの納得感を感じていた。
(――そっか。 私ゼクスにプロポーズされたんだ……――うわ、どうしよう。 自分で自分に引くぐらい、今頭の中に花畑が広がっていらっしゃいますけれど? うわぁ……――これってこんな止められないものなんだ⁉︎ ――どこの誰だよ! 自分みたいな女に恋愛感情抱く攻略キャラとか解釈違い、とか言ってたの! ……――私だよっ! 普通に喜んでるんじゃないよ! ちょっとは引きなさいよ!)
自分で自分を叱咤するリアーヌだったが、プロポーズされたという事実を認識し、それを『嬉しい』と感じてしまったリアーヌの口元はゆるゆると緩み、頭の中にはどこまでも広がる花畑が出現していたのでだった――




