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そんなリアーヌの答えにゼクスはぷふっと噴き出し、やがてケラケラと笑い出した。
「ふふっあはは! なにそれ」
「だ、だって……」
唇を尖らせるリアーヌにゼクスはさらに楽しそうな笑い声をあげた。
(……確かにちょっと変なこと言った自覚はあるけど、さすがに笑いすぎでは⁉︎)
「――あー……可笑しい……」
ひとしきり笑ったゼクスは、後ろに手をつきながら、空を見上げる。
そして、眩しそうに目を細めながらリアーヌに話しかけた。
「――俺、この先もずっとこうしてたい」
「こうして……?」
答えながら、リアーヌも後ろに手をつきながら空を見上げる。
リアーヌの場所からは半分くらいが日傘で覆われた空だったが、それでも青い空を眺めながら潮風を感じるのは気持ちが良かった。
「――確かに今日は気持ちのいい風が吹いてるけど、そうじゃなくて……――今回みたいに一緒に旅して、その国を観光したり商談したりして、家に帰ったら……やっぱり美味しいもの食べて――たくさん笑って……リアーヌとずっと一緒に――」
ゼクスの話を聞きながら、リアーヌは漠然と(なんか……プロポーズみたい……)と首を傾げていた。
キョトンとしているリアーヌにクスリと笑ったゼクスは、クスリと笑うと体勢を変えた。
リアーヌに向かって跪くように座り直し、そしてリアーヌに向かって小さなケースを差し出した。
「――ぇ……?」
「リアーヌ・ボスハウト様、一生大切にするとこの指輪に誓います。 ……私と結婚して下さい」
「ほわ……」
リアーヌは何度も何度も差し出された、かなり大きめのダイヤの指輪とクスクス笑っているゼクスの顔を交互に見つめる。
――ゼクスが笑っている原因は、リアーヌがずっと大きな口を開け続けているから、なのだが、この時のリアーヌがそれに気がつくことはなかった。
そして心の中で(……この指輪があるのなら、これから先起こるであろうトラブルとほとんどがクリアになりそう……)と、なんだかとても現実的なことを考えていた。
「――どう? 俺と幸せになってくれる?」
指輪を見つめなまま、まだポカンと口を開けているリアーヌに、ニヨニヨと口元を歪ませながら話しかけるゼクス。
そんなゼクスの表情が見慣れたものだったからだろうか? それとも急に事態を把握したのか――
リアーヌの顔はジワジワと真っ赤に染まり始め、それでは飽き足らず耳や首まで赤く染まっていく。
「……ぅ、あ……の――」
「……“はい”か“いいえ”で答えてくれると嬉しい、かな?」
「……は、い?」
戸惑いがちに……しかし、しっかりと頷いたリアーヌにゼクスは満面の笑顔を浮かべ、その身体を抱きしめた。
「ひょ……」
「やった……!」
「……――やったぁ」
リアーヌがそう言い返すと、耳にゼクスの笑ったような吐息がかかると同時にキツく抱きしめられた。
そのことでさらに身体を硬くするリアーヌだったが、ゼクスの言動から本当に喜んでいるのだと理解できたので、その背中にゆっくりと自分の手を添えた。
「――くっそぉ……婚約者だからって見せつけやがってぇ……」
「そうだぞー! 少しは自重しやがれー!」
少しの時間を置いて、恨めしそうな船員たちの声がそこかしこから聞こえ始める。
その声で周りに船員がいたことを思い出し、それと同時にリアーヌの――自分たちのすぐそばには、アンナたちが立っていることも思い出したゼクスは、神妙な面持ちになってゆっくりと手を挙げると、そのままゆっくりリアーヌから離れ、そして同じくゆっくりとした動作で再び隣に腰を落とした。
――しかし、同じ“隣”ではあっても先ほどとは大分近い隣で、リアーヌが元の位置に座れば肩が触れ合ってしまうほどの距離感だったが――ゼクスはその位置から船員たちに向かって口を開いた。
「可愛い婚約者がいてごめんねー?」
その言葉に顔を赤くして俯いたリアーヌは、ゼクスの座った位置には気がついていないのか、そのまま元の位置に座る。
そして触れ合うほどに近くにいたゼクスに驚きビクリと身体を震わせ、ギョッとゼクスを見つめた。
しかし見つめ合ったゼクスの顔が本当に楽しそうで、リアーヌはそのままなにも言わずに大人しくストンと下の位置に座り直した。
――その瞬間、そこかしこかの船員たちがゼクスに向かってヤジを飛ばし始める。
「尻に敷かれちまえー!」
「すでに頭なんか上がってねーじゃねーかー」
「本当はヘタレのくせにー」
「……さすがに言い過ぎじゃ無い⁉︎ 俺、将来的にみんなのボスだからね⁉︎」
「なってから言いやがれー」
「そーだそーだー!」
船員たちからのブーイングにゼクスは顔をしかめながらも、隣にいるリアーヌと目が合うと、ふにゃりと幸せそうに微笑みを浮かべるゼクス。
「――この中で一番ひどいのはこの方の態度ですわよねぇ……?」
「……周りにこれだけギャラリーがいる中での防御だからなぁ……?」
その言葉はオリバーとしては、ゼクスに対する苦言に他ならなかったのだが、アンナはムッとしながらオリバーに食ってかかった。
「人前じゃ無ければ許すと言うの⁉︎」
「……――完全に遮断すると、うちのお嬢様は結婚後、パニックになりそうな気がしてるが……?」
その言葉に、リアーヌは誰よりも先に心の中で同意する。
(――本当それ! パニックどころか私の心臓がどうにかなる危険性すらあるね!)




