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知り合った少しの人々に見送られて出航したディスディアスに戻る船の上――
リアーヌはすっかり定位置となった甲板の囲いの中に座り込んでいた。
来た時と違うのはその隣にゼクスが座り込んでいることくらいだろうか。
「帰りも予定より早くなるようなら、サンドバルにも顔出してから帰ろうか?」
「――じゃあ、頑張らなきゃ⁉︎」
ゼクスの言葉にリアーヌの瞳が輝き、その手からだいぶ大きな風が放出される。
ドゥン……と帆が大きく膨らみ、船がガクンッと大きく揺れる。
「――うん。 リアーヌ落ち着いて? これ以上は積荷が危ない」
そこかしこから聞こえてくる苦情の声を聞きながら、ゼクスはリアーヌの手をそっと下ろした。
「……すみません」
「いつも通りで頼める……?」
「うぃ」
シュン……と元気を無くしたリアーヌに声をかけたのは、周りにいる風持ちたちだった。
「嬢、あいつらの苦情なんて気にすんなって!」
「そーそー! それより今日も頼むぜぇ? 早く着けばその分休みも増える!」
「嬢も休みが増えると嬉しいだろ?」
「……――確かに?」
(夏休暇は増えたりしないけど、早くつけばその分自由になる日が多くなるわけだ……? あり寄りのありですね……?)
そう考えると気合を入れて、それなりの強さの風を送る。
そんなリアーヌにハラハラとした視線を向けたゼクスだったが、とりあえずの暴走は見られないのでそっと息を吐き出し、そして改めてリアーヌを見つめホッとしたように話しかけた。
「――良かった」
「……なにがですか?」
「行きの時――最初だけだったけど、だいぶ辛そうだったから……船、嫌いになっちゃったかなー? ってちょっと心配してたんだ」
「本当に最初だけでしたよ?」
「それでも……――最初の印象って大きいだろ? イヤだなって感じたら、次からは回避しようって思うんじゃない?」
「――その為に今日も風を使っていますが……?」
「あー……これが、回避術なんだ……?」
「そうですよ? このお手伝いのおかげで毎日快適なんです!」
「――船の上で毎日ってのもどうなんだろうね……? しかも本気で言ってるでしょ?」
「……ウソなんかついたってしょうがないじゃないですか?」
「それは――そうなんだけどね?」
そんな二人の会話を聞いていた風持ちたちが茶々を入れる。
「そうだぞ坊。 嬢がいてくれりゃ快適だろうが!」
「嬢! 今日もスパ頼むな!」
「任せてください! おかわりのお湯もジャンジャン用意しますからね!」
そんなリアーヌの頼もしい言葉に「おおおっ」と歓声を上げる船員たち。
「――すっかり人気者だね?」
「あはは、なんか嬉しいです。 ――あ、そういえば木の苗ありがとうございました」
「喜んでもらえて良かったよ」
「私、その辺りのことすっかり忘れてて……」
「あはは、だと思った! ――だからチャンスだと思ってね?」
「……チャンス?」
「うん。 ――俺って意外に頼りになるでしょ?」
「……――私は割と最初から頼りきりな気がしてますけど?」
(いや本気で。 この人とビアンカ大先生がいなかったら、私の社交界での立場が激ヤバになってたんだな……ってことぐらいなら、今の私にも理解できるんだぜ……?)
「――本当?」
「はい……?」
(ゼクスがなにを言いたいのか、よく分かんないな……)とリアーヌが首を傾げ始めた頃、ゼクスは鼻を触りながら、チラチラとリアーヌの反応を確認し、探るように口を開いた。
「そっかぁ……? ならさ? ――この先もずっと頼りにしてくれる?」
「……はい?」
(頼っていいというなら、いつまでも……?)
そう考えながらリアーヌは頷くが、ゼクスはそんな態度のリアーヌに少しだけ唇をすぼめ、説明するように言葉を重ねた。
「……ずっとって意味だよ? ――じーさんばーさんになるまでって意味だからね?」
「え……――ぁ、え……? あ……」
ゼクスの言葉を理解したリアーヌは、じわじわとその頬を赤く染めていった。
「――頼りにしてくれる?」
「あの……――はい……?」
ゼクスに再度たずねられ、リアーヌは視線を揺らしながらもコクリと頷く。
――しかしゼクスは、疑わしげな視線をリアーヌに向け、念を押すように口を開いた。
「リアーヌ、ちゃんと意味は理解してるよね? 頼りにはするけど、結婚は別の人とする――とかいう超理論展開しないだろうね?」
「私そんなブッ飛んだ思考回路してませんけど⁉︎」
「――それは無い」
「な⁉︎ 無くとかありませんけどー⁉︎」
そんな会話を繰り広げる二人の耳に、背後や周囲から、複数人が噴き出す音やクツクツと忍び笑いが聞こえてくる。
二人が周りを確認すると、近くにいた風持ちの船員たちだけでは無く、近くで作業していた船員、そして手すりの外でリアーヌに日傘を差し出していたアンナやその隣にいるオリバーも、唇を引き結んでいたり、クツクツと肩を震わせていた。
そんな周囲の人たちの視線に背筋を伸ばしたリアーヌだったが、それでも納得がいかず、囁くような小声でゼクスに反論する。
「……――無いですもん」
「――いーや、無くないね」
そんなリアーヌにゼクスも負けじと言い返すがその声色はどこか楽しそうで、そのやり取り自体を楽しんでいるようだった。
「な、無くなくは無いです!」
「いやいや、無くないってことは……無くないんじゃないかなぁ?」
「――ぇっと……無くないことはなくないからなくはなくない……? ――……無いんですっ!」
首を傾げた後、力強く否定するリアーヌだったが、もはやなにを否定しているのか、自分でもよく分からなくなっていた。




