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「会えてよかったよー。 俺リアーヌに聞きたいことあってさ」
そう言いながらニコニコとこちらに近づいてくるゼクスに、ヘラリ……と愛想笑いを浮かべたリアーヌだったが、ゼクスがすぐそばまでやってきて初めて、その異変に気がついた。
(……あるぇ……? なんか……ゼクスさんってば、目が全然笑ってないんですけど……⁇)
「――お茶会したんだって? パラディール家のサロンで⁇」
「――ぁっ……」
ニコリと微笑まれ、たずねると言うよりはすでに知っていることに確認を取るような聞きかたに、リアーヌは凍り付き喘ぎ声のような吐息しか漏らすことが出来なかった。
「――もしかして……うちからパラディール家に鞍替えする気だったりして……?」
スッと目を細めたゼクスは、その高い身長をゆっくりと折りたたみ、ベンチに座るリアーヌの顔を覗き込みながら、ひどく蠱惑的な微笑みを浮かべてみせる。
もっとも、リアーヌもビアンカもその美しさを楽しめるような状況ではなかったのだが……
「めっめめっ滅相もございませんっ!」
リアーヌは声をひっくり返しながら、ブンブンと首を大きく振りながら答えた。
そんなリアーヌを見て、呆れたような表情を浮かべたビアンカだったが、気合を入れ直すかのようにフッと短く息を吐き出すと、ゼクスに向かってニコリと笑顔を作ってみせた。
「――私がエッケルト家からのお誘いを受けて、リアーヌに同席していただいたんですの。 場所がパラディール家のサロンだったのは……――私もとても驚きましたけれど……まぁ、あそこは元々、仲がお宜しいから……」
うふふ……と、口元に手を当てて小首を傾げるビアンカ。
そのたおやかな態度とは裏腹に、心の中は大いに荒れ狂っていた。
ニコリと微笑んだゼクスが、そのまま「へぇー?」と楽しそうに呟くと、獰猛な肉食獣のような目をビアンカに向けているからに他ならなかったのだが。
(落ち着くのよ……どうせもうすでに、大体の事情は把握してるわ。 なら――私の答えなんてそこまで違わない……――ただ……ここでこの方。怒らせてしまったら……みんなに迷惑かけることになってしまうのかしら……)
「そ、そうなんですよ! あの……お茶会の会場に入って言ったら、パラディール様がいて――びっくりしたよね! ねっ⁉︎」
ゼクスが怒っているように見えることや、ビアンカがすまし顔をしつつもゼクスに怯えていることだけは分かったリアーヌは、アワアワと不審な挙動になりつつも、ジッとビアンカを見つめ続けるゼクスの気をひこうと、バタバタと両手を振り上げ二人の間で大きく振ってみせた。
ビアンカの対応やパラディール家のやりように思うところがあったゼクスだったが、ひとしきりビアンカにプレッシャーをかけ、ある程度溜飲を下げると、ふぅ……大きく息を吐く。
その途端、ゼクスが纏っていた重苦しい空気が霧散していくのが、リアーヌたちにもハッキリと伝わった。
リアーヌの必死の形相とその拙く愛らしい妨害工作に、初回はこの程度で済ませてもいいか……と思ったようだった。
「……――申し訳無いとは思いますが、私の立場では他にどうしようもありませんわ。 実家に迷惑をかけるつもりはありませんもの」
逃げ出したくなるようなプレッシャーは無くなったが、上機嫌とは言い難いゼクスを今度はビアンカがジッと見つめながら口を開く。 居心地が悪いのを我慢し、それでもビアンカは堂々と胸を張って伝える。
誰に何を言われようとも、これが自分にとっての正解であると確信していた。
「――……ま、そりゃそうだよねー。 うちの販路、広がったって言っても国境近くはまだまだだしなー……」
ゼクスは少し大きめの独り言を呟くと、ガシガシと乱暴に頭を掻きむしった。
そんなゼクスの様子を不安そうに眺めているリアーヌ、そしてその不安を心のうちに押しとどめ美しく笑って見せるビアンカ。
ゼクスはそんな対照的な二人を眺め、もう一度大きなため息を吐くと、肩をすくめながら口を開いた。
「――で? 二人は俺にどんな隠し事してるわけ?」
ゼクスの言葉にリアーヌの肩がビクリと大きく跳ねる。
ビアンカはそんなリアーヌの態度に呆れて口を引き結び、ゼクスは困ったようにクスリと笑った。
「うん。 リアーヌ嬢が隠し事が苦手だってことは良く分かったかなー」
「うう……」
(だって隠し事する時ってすごいドキドキしちゃうじゃん⁉︎ 心臓バクバクでまともに頭回んなくなっちゃうじゃん!)
「――リアーヌのギフトのことです」
ビアンカが静かに言った言葉にゼクスの指先が微かに反応を見せる。
「……それで、隠し事ってことは――もしかして……ほかのモノでもコピーしちゃった?」
冗談めかした口調ではあったが、その言葉の端々に確信めいたものが滲んでいた。
驚愕の表情を浮かべるリアーヌたちの表情を見て、さらに確信したようにニヤリと笑ってみせる。
「……リアーヌ嬢、顔に出すぎ。 こりゃ交渉系の仕事はムリかなー?」
「ぬぅ……」
リアーヌはムリだと断言されたことに不満を感じ、唇を尖らせながらうめく。
しかし、リアーヌ自身も自分に交渉が向いているとは思えなかったため、文句を口にすることは無かった。
「――ご存じ、だったんですね」
ビアンカは苦々しく顔を歪めるとギュッと手を握り締めた。
その可能性を少しでも感じていたら、対処法を変えられたかも知れない……と後悔していた。
「――まぁ、だからこそ声かけたんだしー?」
ゼクスが首を傾げながらニコリと微笑むと、徐にビアンカが立ち上がった。
「え……?」
訳もわからず、キョド……と視線をうろつかせるリアーヌだったが、ゼクスとビアンカはジッと見つめ合ったままだった。
「――場所を移しませんか?」
「――あ、オレも今そう言おうと思ってたんだよねぇー。 ……ご招待していただいても?」
「……狭いサロンですが、よろしければ」
どこか芝居がかったような、あらかじめ決められたセリフを読んでいるだけのような、そんな上部だけのやり取りの後、二人は踵を返して中庭を出て行こうとする――
未だベンチに座り、二人の背中を眺め続けるリアーヌを置き去りにして――
「――何してますの? 行きますわよ?」
「置いてっちゃうよー」
二人同時に振り返り、代わる代わる声をかけられたリアーヌは、そこで初めて自分も移動するのだと言うことに気がついた。
「あ、私も行くんだ……?」
そう言いながら、手早く自分の荷物をまとめて立ち上がる。
そんなリアーヌの行動を見ながら呆れたように肩をすくめる二人。
「――むしろあなたの問題なのよ……」
「今の会話でついてこない選択肢、どこにあったの……?」
「すみません……」
リアーヌは荷物を抱え、少々猫背になりながら立ち止まっている二人の元へと急いだ。
(――貴族ってさ、なんでもかんでも察してもらおうとしすぎだよね⁉︎ そもそもさっきの会話のどこに移動するってコマンドが出てたわけ⁉︎)




