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「そちらが気に入りそうなものですと、砂糖に紅茶、それとグランツァと言う花のポプリ――これは香料ですが口に入れても問題はありません。 それとルチェの実――これは肌に塗るものです。 こちらも食分由来ですので口に入ってもなんの問題もありません」


 ゼクスが指折り数えていく言葉に、リアーヌがぽそりと反応する。


「ルチェあったんだ……」


 その言葉でゼクスも少し後悔したように、リアーヌのほうを向いて答えた。


「伯爵夫人に差し上げれば良かったね?」


 そんなゼクスの言葉にピクリと反応するシンイチ。


「きっと喜んだと思います。 あれ甘くていい匂いですし」

「――今からでも遅くないかな? 手配しておいてもらえるかい?」


 ゼクスが声をかけると、護衛たちはコクリと小さく頷いた。


「――甘い匂いで口に入っても問題ねぇってことは“食える”ってことでいいんだな?」

「……若いうちは種内部のエキスを食材にしますが――熟してしまうと……」


 そう言いながらゼクスは助けを求めるようにリアーヌを見た。


「――甘い匂いのする……ものすごくあっさりしたバター、ですかね? 砂糖と混ぜてヘルシーなお菓子の材料にするとかならともかく……――美味しいお菓子を食べたいなら大人しくバター使ったほうが……? コクも旨味も全然足りませんし……」


(ダイエットを考えてる人とか病気でバター食べられないとかなら良いかもだけど……そんなに需要があるとは思えない、かも?)


 リアーヌは言いにくそうに「食べても美味しいものではない」と説明したつもりだったのだが、その説明にシンイチは大いに食いついた。


「――バターの代用品か! 全部買い取る」

「……に、ならなくも無いですが……――こちらの国では主に肌に塗るもの、という認識ですよ?」

「牛やヤギがわんさかいるような国とは食糧事情がちげぇんだよ。 こっちじゃバターはまだまだ高級品だ。 代用品で気分を味わいてぇヤツらはわんさかいる」

「――買ったものをどうしようがそちらの自由ですが、説明はしましたよ?」

「迷惑はかけねぇよ」

「その他は――シルクに絹糸、鹿の角や皮もありますが、どうします?」

「そっちは専門外だな。 砂糖とグランツァ、ルチェはあるだけだ」

「子爵夫妻に送る分はよけますよ?」

「――そいつは是非ともそうしてくれ」


 ニヤリと笑いながらいうシンイチ。

 子爵夫人がルチェを気に入ったなら、次に買うのは自分たちの店からだという考えがあってのことだった。

 ――そしてその考えは見事に的中し、ここからフセヤ商会と伯爵家の取引が始まることになる。

「……では値段交渉は後日、日をあらためてということで」

「よぅし! ――ようやくアンタらと出会えて良かったと思えてきたぞ!」


 そんなシンイチの心からの言葉に、リアーヌは目を見開きながら抗議するように口を開いた。


「あんなに買ったのに⁉︎」

「だからだけどな⁉︎」

「ええ⁉︎」


 心の底から驚いているリアーヌに、シンイチはこめかみ辺りを抑えながらゼクスに視線を向ける。


「よぉ兄ちゃん……――あー……かまわねぇか?」


 ゼクスことを正しく認識してしまった(・・・・・・)シンイチは、困ったように眉を下げながら、今まで通りの対応で良いのかとたずねた。

 他国の話とはいえ、大きな商会だ。

 ラッフィナート商会の嫡男、ゼクス・ラッフィナートは男爵を叙爵した――その程度の情報は当然得ていた。

 可能性は限りなく低いが、不敬だと難癖をつけられる事態は避けたかったようだ。


「かまいませんよ。 ――本当に今日はお忍びでの買い物のつもりだったので」

「……最初から仕組んで来たわけじゃねぇって?」


 ゼクスの言葉にピクリと反応したシンイチは、眉を引き上げながら皮肉げに言う。

 ゼクスの偶然だという主張を全く信じていなかった。


「信じてもらえないかもしれませんが――本当なんですけどねぇー?」

「……――ならいつ気がついたんだよ?」

「そうですね……最初は店の看板。 フセヤ商会と書いてありましたので」

「……店の名が同じこともなくはねぇだろ?」

「店印の紋まで同じ、ということはないでしょう?」

「あー……そりゃ、そうだわな? ――俺のことも元々知ってたのか?」

「……そこは――他の方々の態度で、もしや……と、さっきの会話が決定打ですかね?」

「うまいこと乗せられたってわけかい……」


 シンイチはそう言って大きなため息を吐きだし、頭を掻きむしりながら言葉を続ける。


「あーあ……貴族に成り上がろうだなんて商人なんざ、ろくなヤツじゃねぇと思ってたが……――こんな妙な女連れ歩く変人のろくでなしのほうだったとはなぁー」


(――私今、すごいナチュラルにディスられましたけれど……? こんな目の前にいるの妙な女って……)


 リアーヌがヒクリと頬をひきつらせるその背後では、アンナとオリバーがにこやかな笑顔を浮かべながら冷ややかな視線をシンイチへ向けていた。

 それに気がついたゼクスも頬をひきつらせながら、慌ててシンイチに言葉をかける。


「シンイチ殿! こう見え――いえ、その……今はお忍びですので、そう見せかけてはおりますが、こちらのリアーヌ嬢はれっきとした貴族のご令嬢です……!」

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