417
しかし、急に元気を無くしてしまったリアーヌに調子が狂ったのか、店員はガシガシと頭をかきながら、少々乱暴な口調で言い放った。
「あーもう……まとめて値引いてやるから、んな顔すんな!」
「――! じゃあ生姜は大袋で一袋で、ローリエが小袋で五袋! あと胡椒は大袋二つ!」
「あー……――そうだな、じゃあ……まとめて――五〇でどうだ?」
「……端数切り上げた?」
妙に切りのいい数字に、リアーヌはショボ……と眉を下げながらも、ジトリとした視線を店員に向けた。
「……四九と六銀だ」
図星だったのか、店員はバツが悪そうに顔をしかめながら言い直した。
「端数切り捨て……」
やはり切り上げられていた! と考えたリアーヌは、咄嗟にいつもの調子で答えていた。
「切り捨ててこれだろうがよ⁉︎ どこの世界に六銀を端数にするヤツがいるんだよ⁉︎」
「……いない、ですかね?」
店員の言葉に少し納得しながらも、端数を切り上げられていたことに引っかかっているリアーヌは、窺うようにゼクスに視線を向けた。
「……入る場合も、あるにはあるけどね……?」
(――ただ、こんな少額のやり取りじゃ絶対に切り捨てにならない桁だけどー)
「兄さん……あんた、そろそろ切り上げろって……」
店員はこの期に及んでリアーヌを助長させるようなことを言うゼクスに、裏切られたかのような視線を向けながら言った。
「いやぁ……一般的に入る場合もあるのかなぁと……」
店員の視線に苦笑しながら肩をすくめるゼクス。
「あーっ! ったく……オーケー分かった! 四九だ!」
「やったぁーっ!」
青年の言葉にリアーヌが腕を振り上げて飛び跳ねる。
それと同時に「おおおおー⁉︎」とギャラリーたちから歓声が上がる。
要求が通った嬉しさや、宿題をやり遂げた開放感からか、リアーヌは満面の笑顔でギャラリーたちの歓声に腕を振り回して応える。
陽気な者たちが多いのか、集まっていた多くの者たちはそれに手を上げ返すと、ケラケラと笑いながら愉快そうに散っていく。
(――なんか私、今ものすごい人気者っぽい!)
「おーおー……味方までわんさか付けやがって……――兄さん、次はもうちょい早めに止めてくれや……」
「あはは、これは彼女のおつかいなものでして……――でも良かったねリアーヌ? 大勝利だよ」
「……本当ですか?」
リアーヌは少し不安げにたずね返す。
ゼクスに止められる前の自分の言動が正解だったのか、自信が無いようだった。
「……危なっかしいトコもあったけど、最終的には上手い落とし所に収まったと思うよ」
「――なら、良かった……」
ゼクスの言葉にホッとしたように、えへへーと笑うリアーヌに、ゼクスもへにゃりと笑い返す。
「ったく……――それで? 荷物は兄ちゃんが持つのか?」
「それは俺たちが」
店員の言葉に反応したのはゼクスの護衛たちだった。
「――おう……?」
一歩進み出したその護衛に大きな荷物を受け渡しながら、店員は首を傾げた。
その護衛が荷物を肩に担ぎ、馬車は運ぶ背中をチラリと見つめながら、ゼクスはにこやかな笑顔を浮かべながら、その店員に話しかけた。
「――ついでに俺も買っていっていいですか?」
「……今日は厄日かよ……」
「もちろん……同じ値段で構いませんよね?」
「兄さん、そりゃ――」
「おや……それじゃ……昼食が遅くなっちゃうかなぁ……?」
ゼクスは芝居が勝った様子で眉を下げ、言外に「希望額になるまで俺も粘りますけど?」と伝える。
店員は思い切り顔をしかめながら再び髪を掻きむしる。
「あーもう……なんつー客に捕まっちまったんだか……――嬢ちゃんより少ねぇなら諦めな。 ありゃ少なく見積もっても大袋五以上になったからこその値段だ」
手をパタパタと振りながらぞんざいな態度で言う店員。
そんな店員に、ゼクスは楽しそうにニンマリと笑いながら口を開いた。
「――では三百で」
その発言にピタリと動きを止める店員。
しかしすぐにため息をつきながら呆れたように言った。
「――うちは量り売りはしてねぇ。 グラム買いがしてぇならよそ行きな」
「いえいえ、胡椒を大袋で三百お願いします。 あ、レッドペッパーとナツメグは大袋で二百にして下さい」
「……冗談だって言うなら、もう少し分かりやすい調子で言ってもらえるか?」
「あいにくと本気なんですよねー」
ニコリと笑うゼクスの態度に、本気で買うつもりなのだと、ようやく理解した店員は、顔を引き締めながら口を開いた。
「――今は無理だ。 ここにはそんなに置いてねぇ」
「……それは数日の猶予があればスパイスを準備していただける――ということでいいんですかね?」
「ああ。 二日待ってくれ、準備させる」
「――では準備が整いましたら伝言をいただけますか?」
「……分かった。 どこに使いを出せばいい?」
「港近くにある波ノ屋と言う宿で――ラッフィナート商会と言っていただければ、確実に伝わります」
そう言いながら、ゼクスはニヤリと意味ありげに微笑む。
店員はゼクスの言葉にギョッと目を見開き、ハクハクと口を開閉する。
「……ラッフィナートだと?」
そんな店員の態度にニヤリと笑ったゼクスは、握手を求めスッと右手を差し出しながら口を開いた。




