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「うー……もう一声!」
「無茶苦茶言うなよ嬢ちゃん……」
選んだ店の中、リアーヌは若い男性店員を相手に交渉に挑んでいた。
(あの後、店のすみっこでもう一回やりくり使ってみたら、この人からスパイス渡されて満足そうに笑ってる私の姿がちゃんと見えたんだよ! 頑張れ私! これは絶対諦めなければ満足できる値段で売ってもらえるってことなんだから!)
「えっと……あ、分かった! ナツメグも買う! ――だからもう少しなんとかして?」
「なんとかってなんだよ? いいか? こっちだって商売してんだ! 赤字覚悟で商品配ってるわけじゃねぇ!」
「……でも、たくさん買ったらたくさんおまけしてくれるって……――私たくさん買うのに……」
唇を尖らせながら不服そうに言うリアーヌに、店員も大いに顔をしかめる。
「そこまで下げてたくさん買われたらうちの店が潰れちまうわ! だったら地道に少量ずつ適正価格で売ったほうが儲けがあるだろ」
「イヤイヤイヤ、ここで安くしておけば、その話が撒き餌のようにジワジワ広がって行って「ここのお店安いんですってよ?」「あら本当⁉︎」ってな具合にお客さんガッポガッポだよ!」
「……――ちなみに嬢ちゃんどのあたりに住んでんだよ?」
店員は訝しげな視線をリアーヌの背後、そのやりとりを見守っているゼクスたちに視線を流しながらたずねた。
リアーヌは今日も袴で買い物に出ていて、ゼクスたちもアウセレ式のゆったりとした服装だった。
――しかしオリバーとアンナの服装はいつも通りだったため、店員はどんな団体なのか疑問に思ったようだった。
そしてそれは、この店の名前があまり知られていない地域に住んでいるのであればこの値段でも……と、店員がリアーヌの提案を検討したためだったのだが――
「……ちょっとあっちのほう」
リアーヌは微妙そうな表情になりながら、港のほうを指差した。
「……あっちは――港のほうってことか? ーーでも嬢ちゃんらここいらの人間じゃねぇだろ?」
「……セハ、とか」
「セハって――……海外じゃねぇか!」
流石に海外で名前を売っても集客率は期待できないと判断した店員は、リアーヌとの交渉を打ち切ろうと大きなため息をつく。
そんな商人独特の仕草を的確に見抜いたリアーヌは(ここで諦めてはいけない!)と、鼻息を荒くしながら噛み付くように言葉を紡いだ。
「安くしてくれたらまた来る! ちゃんとまた来るから! それに家に帰ったらこの店がどれだけ安くしてくれたかも話す! 家族にも友達にも知り合いにも宣伝するから!」
「伝えてどうなるってんだよ⁉︎ そう簡単にこれる距離じゃねぇだろうが!」
「そ、れは……そしたら、えっと……――そう! この店のスパイスはディスディアスからわざわざ買い付けにくる客がいるんだって自慢できるよ!」
「今だって充分来てんだよ!」
「今以上に来るってぇ! 宣伝だと思ったら安いよ⁉︎ だって海外だよ? 私を満足させるだけで国外での宣伝費が無料だよ⁉︎ うわぁーやっすぅーい!」
「安いわけあるかぁ⁉︎」
店員の額に青筋が浮かんだのを見計らい、ゼクスがクスクスと笑いながら二人の会話に割って入った。
「リアーヌ、とっても楽しい会話なんだけど……、そろそろ決め始めないとお昼ご飯が遅くなっちゃうし――」
ゼクスはそう言いながら店の間口を振り返り、そこから興味深そうに中を眺めている野次馬たちを振り返った。
「お店から離れられない人たちも増えて来たし?」
(おう……いつのまにギャラリーなんて……)
粘りに粘ったリアーヌの声が聞こえたせいなのか、だんだんと大きくなっていった店員の声に気を引かれたのか、店の前には決して少なくはない人数がニヤニヤと笑いながら興味深そうに二人のやり取りの決着を見届けようと集まっていた。
「でも……」
「――リアーヌ、俺から見てもこのあたりが引き際だと思うよ……?」
まだまだ粘れると鼻息を荒くするリアーヌだったが、ゼクスはそんなリアーヌ人コソリと耳打ちする。
そもそもゼクスとしては、どうして今回はリアーヌがここまで強気の粘りを見せているのか理解が出来なかった。
いつもならば、世間話の延長線のような気楽さで店員と仲良くなり、互いに気持ちよく値下げ交渉をするのだが、今回は何かを確信しているかのように、強引な値下げ交渉をしていた。
(初めて他人の金を預かって交渉してるから、気合いが空回ってる……?)
ゼクスからの指摘に、リアーヌはようやく自分がやりすぎていたことを理解した。
(――ヤッベェ……私、喜んでる自分の姿しか見てないのに、なんでこんなに下げられると思ったんだろう……――値切りの極意は優しさなのよって母さんに言われてたのに……)
ゼクスに声をかけられ大人しくなったリアーヌに、これ幸いと店員は畳み掛けるように話しかける。
「時間切れか? それで買い物はどうする? これは辞めとくか?」
「買います……あと、生姜とローリエも……」
どことなく元気を無くしながらも、リアーヌは頼まれていたスパイスを買い揃えようと指をさしていく。
そして店員はリアーヌが新しいスパイスの名前を出すと大いに頬をひきつらせた。
「……嬢ちゃん、まだまだ粘る気だったんだな……?」
「……ごめんなさい?」
リアーヌは申し訳なさそうに笑いながら首を傾げた。




