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「これいただいても⁉︎」
「え、ええ……どうぞ?」
話しかけられた女性は驚いた表情を取り繕いつつ笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます!」
そう答えながら自分で椅子を引いたリアーヌ。
そんなリアーヌを止めようとゼクスは慌てるが、それよりも先に女性の隣にいた男性ががホストとして、客に恥をかかせないよう慌てて口を開く。
「こ、今回は無礼講ということで、好きにお食べください……!」
「――ご配慮、感謝いたします……」
リアーヌ以外の一行は、頬をひきつらせながらも心からの感謝をその夫婦に向けるのだった。
リアーヌたちがやってきていたのは、この港町を治めている貴族、タカツカサ家の邸宅だった。
――正式な訪問はこれが初めてだったが、内々に非公式な交流は以前からあり、タカツカサ家とラッフィナート商会は良好な関係を築いていたのだったが――
(……どうしよう、これで全部チャラになっちゃったら……)
ゼクスが不安になってしまうほどには、リアーヌの行動は淑女として失格確実な振る舞いだった……
「……美味しい?」
「すごく!」
感想もなく一心不乱に食事を続けるリアーヌに、ゼクスがそっとたずねる。
すると満面の笑顔を浮かべたリアーヌがゴクリと口の中のものを飲み込んで答える。
アンナたちの教育の賜物なのか、前世での習慣なのか、どれだけ興奮して食べていたとしても、最低限のマナーぐらいは守れるようだ。
「――そんなに気に入ってもらえると嬉しいですわ……ね?」
「……そうだね?」
リアーヌの奇行に頬をひきつらせていたタカツカサ夫妻だったが、リアーヌが意外にも美しい所作で箸を使いこなし、本当に嬉しそうに美味しそうに食べる姿を見て、その顔から段々と不信感が消えていっていた。
「――アウセレの料理が大の好物でして……」
「あら、そうでしたのね?」
「――そういえば、これがうなぎだとご存知の様子だったね?」
「――言われてみれば!」
もっきゅもっきゅと元気よく食べるリアーヌに視線を走らせる夫妻とゼクス。
そんな視線を感じ取ったのか、リアーヌは三人と目が合うと顔を輝かせながら口を開いた。
「このお米なんですか⁉︎ ものすごく美味しいです! もちろんうなぎもタレもすごい美味しいんですけど、お米が全然違う! すごく美味しいです!」
勢いよく伝えるリアーヌに少しだけ身体を引いた夫妻は、ゼクスに向かってそっとたずねた。
「――宿の食事は口にあいませんでしたか……?」
「……彼女は食べたがるのですが――我々はディスティアスの食べ物に慣れていますので、身体が受け付けない場合を考え、どうしても制限してしまっていて……」
ゼクスはそう眉を下げながら答える。
――これは事実で、あまりにアウセレの料理ばかりを好むリアーヌの身体を心配したアンナとオリバーによって、アウセレの料理は一日一食までと制限されてもいた。
――もっともその本人たちは、そんな制限をしてしまったことを今現在、心から後悔しているのだったが……
「……つまり、今日のアウセレ料理はこれが始めて、ということですのね?」
「――相当我慢されていたんでしょうな……?」
タカツカサ夫妻は、何気なさを装いながら会話していたが、その言葉や肩が微妙に震えていることが、笑いを噛み殺している事実を物語っている。
「ゼクス様、ここのご飯、本当に美味しいですよ⁉︎ 食べないと損ですよ⁉︎」
リアーヌはうなぎに全く手をつけていないゼクスに驚愕の表情を浮かべながら言う。
「――うん、今いただく……」
(リアーヌ……これ、ごくごく小規模ではあるけど食事会だよ……? 社交の一環だよ……? 美味しいレストランに食事しにきたんじゃねぇんだが……?)
「……そんなに気に入りました?」
夫人がどこか得意げにリアーヌに話しかける。
が、そんなことには全く気が付いていないリアーヌは、うなぎから少しだけ顔を上げ、大きく頷いた。
「はい! このお米で作ったおにぎりが食べたいです。 塩だけでもきっとご馳走ですよ! そのぐらい美味しいです!」
「――まぁ⁉︎」
そんなリアーヌの発言に夫人は驚いたような声を上げる。
しかしその声には嫌悪感などは感じられず、どこか楽しそうな雰囲気さえ感じ取れるものだった。
「ちょ、リアーヌ……⁉︎」
しかしゼクスからしてみれば、これだけ沢山の料理を並べられておきながら、屋台で売っているようなものをご馳走だと称するのは失礼極まりない話で、慌ててリアーヌを止めに入る。
しかし次の瞬間「あっはっはっ」と言う楽しげな笑い声がタカツカサ伯爵の口から出て、ゼクスは思わず動きを止めた。
「あー、いや失礼……しかし――リアーヌ様の言い方があまりにも……」
そう言いながら伯爵は夫人に視線を送る。
それを受け大きく頷く夫人。
「ええ、私の父にそっくり! ディスディアス国の、しかもこんなお若い方に気に入ってもらえたと分かったら、きっと喜ぶわ? もちろんうちの領民たちも」
「うちの料理人も鼻が高いだろう」
「そうね! こんなに喜んでくれてるんですもの」
そう言うと夫妻はリアーヌに視線を向け、もぐもぐと美味しそうに咀嚼している姿を見て、また視線を絡ませ合いながらクスクスと笑い声を上げた。
少し戸惑っていたゼクスだったが、そんな夫妻の態度と会話から、不愉快に感じているわけでは無いということを理解すると共に、会話の糸口を見つけていた。




