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「んー……下が桜なら上も桜か……矢柄か……」
そう呟きながら、いくつかの着物を取っていく青年。
(袴に桜が描かれてたら上も無いとおかしかったりする……? でも――)
リアーヌは少し迷いながらも青年が取らなかった白地の着物を指差した。
「あれが可愛いと思ってて……――その一番手前の……あれを合わせるのはおかしいですか?」
リアーヌの言葉に、青年がチラリと祖母に視線を走らせる。
それに答えるように頷く女店主。
「……合わせておやり」
「おう。 ――こんな感じだ……そこまで変じゃねぇな?」
「花は牡丹なんだろうが、かなり抽象的な柄になってるからねぇ? 気にしないヤツのほうが多そうだ」
その言葉にゼクスが反応する。
「――普通は上と下の花を合わせるものですか?」
「花というか、柄同士の季節を合わせるやつは多い――だが、そんな決まりがある訳じゃないんだ。 合わせやすいとかまとまって見えるとか……そんな理由さ。 合わせておかしく見えなきゃ多くのヤツは気になんかしない」
「……マナー違反とは言われない?」
「――これはアタシの持論だが、他人の着ている服にゴチャゴチャ言うやつのほうが礼儀知らずさね。 だが……どこにだって自分の考えを押し付ける迷惑なヤツはいるだろう? その柄は今の季節じゃ無いだのその色とこの色は会わないだの……」
その店主の言葉にゼクスとリアーヌはアゴを見合わせ困ったように肩をすくめ合う。
貴族、平民、男女関わらず、そういう人物が居るとこれまでの経験からお互いに知っていた。
「そういう文句を言うヤツはいても、マナー違反だとまでは言われないだろう――アンタらがディスディアスの人だってなら余計にね」
「なるほど……」
「ああ――それよりも着方を間違えないようにね。 左前は嫌な顔をされる可能性が高い」
「左前……?」
店主からの助言にリアーヌたちは首を傾げる。
(ってなんだっけ? 聞いたことがあるような……?)
「着物の合わせ方なんだが、あー……」
店主はそう言いながら近くにあった布を羽織りながら説明を続ける。
「着物はこうやって合わせて着付ける。 右手で持っている方を先に巻きつける――つまり右を左より前に巻く。 その後が左になるんだが、それを逆にすると左を先――前に巻くことになるだろう?」
「だから左前……」
「ああ。 これをやると死んだ人と一緒になって縁起が悪い。 これを嫌がるヤツは多い……――このババも含めてな?」
カカカッと笑いながら言う店主にそばにいた青年も困ったように眉を下げているが、同意するように頷いている。
「それはほとんどの方が嫌がりそうな着方みたいですね……?」
「教えてもらえて良かったね……?」
リアーヌとゼクスは顔を見合わせながら苦笑いを交わし合う。
そんな二人に店主が声をかけた。
「着物にゃ着物の付属品もあるがそれはどうする? 一緒に買ってくかい?」
「まとめていただきます」
「おっ! 兄さん太っ腹だねぇ!」
青年がそうヤジを飛ばし、店主も合わせるように「太っ腹だねぇー」と言うと、ニヤリと笑ったリアーヌも「太っ腹ー!」と声を合わせた。
「リアーヌまで言うの?」
ゼクスが困ったように言い、リアーヌが楽しそうにクスクスと笑っている向こうで、アンナが女店主に声をかけていた。
「奥様、着方を簡単にでもお聞かせ願えればと……」
その言葉に店主は少し考え、ニヤリと笑いながらリアーヌに向かって口を開いた。
「嬢ちゃん、飾り紐や髪飾りも選んどきな。 その間にこの人に着付け方教えとくから」
そう言いながら女店主はアンナを伴い店の奥へと歩いて行った。
「飾り紐や髪飾はこの辺がいいんじゃないか?」
青年に指差された場所に視線を移しながらリアーヌは心の中で少し首を傾げていた。
(髪飾はともかく……飾り紐ってどこにどうやって使うんだろう……?)
「この紐はなんの飾りに使うんですか?」
首を傾げながらゼクスがたずねる。
リアーヌと同じ疑問を感じたようだった。
「んー? 大概は帯の飾りだが、袴の時に付けたっていいんだ。 差し色とかが一本入ってると締まって見えるだろ?」
その説明にリアーヌたちは口には出さずに視線だけで会話を始める。
『……ドレスの切り返しには、ほぼリボンがある的な感覚ですかね?』
『差し色がある方がいいって意見はその通りだと思う』
「無くたってどうってことはないんだが、まぁ……あった方が洒落て見えるな? 俺のおすすめはこの青だな」
青年の言葉にゼクスはチラリとリアーヌに視線を走らせ、嫌がるそぶりを見せていないのを確認すると、笑顔で頷いた。
「ではそちらをお願いします」
「あいよー。 髪飾はどうする? これは……お嬢ちゃんの好みが聞きてぇ」
青年にたずねられ、リアーヌは目の前の棚に並べられている髪飾りの中から、一つの髪飾りを指差した。
「あの赤いリボンがいいです」
「――これ、か……?」
リアーヌの答えに青年は少し戸惑ったように答えながら、リアーヌが指差した髪飾りを取る。
「……合わない、でしょうか?」
気まずそうな青年の態度に、リアーヌは首を傾げながらたずねる。
(確かに袴よりは明るい赤だけど……そこまで合わない色じゃ無いと思うんだけどな……この国では色合いも揃えるものなのかな?)




