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「ははっ 確かに感情を読まれるのは、あまり褒められたことじゃ無いけど……――今回は店主からの挑発にも乗らなかったし、逆にそれを逆手にとって大金星を上げて見せたんだ! 結果オーライだと思うよ?」
「大金星……」
「あっちはさ、まさか貴族のご令嬢が初めて会う商人相手に下手に出て、なおかつ「借金もあるんで、値下げしてください」なんてお願いしてくると思ってなかったんだよ」
「――もしかしてマズかったでしょうか……?」
不安そうにたずねるリアーヌに、ゼクスは苦笑を浮かべながら曖昧に首をかしげて、答えることを避けた。
そんなゼクスにリアーヌは隣に座るアンナに助けを求めるように視線を向ける。
「決して一般的ではございませんが……奥様も旦那様も、言葉一つでゼクス様がお喜びになるほどの値段を下げさせたのだ、とお知りになれば、お嬢様を誇りに思われるのではないかと……特に奥様は大喜びなさると思います。 さすがは私の娘だと」
リアーヌを安心させるように優しい笑顔で言うアンナは、あえてラッフィナート側の事情を全く考慮しない意見で、リアーヌを誉めそやした。
「……そうかな?」
照れながらハニカムように微笑むリアーヌに、ゼクスも肩をすくめながら言葉をかける。
(交渉ごとなど結果が全てだ。 特にリアーヌは豪運のギフトも持っている……あまりこちらの常識を押し付けるものじゃ無い……)と、自分に言い聞かせるように考えながら。
「――俺も実際に見たことはないけど、ウワサに聞く、子爵夫人顔負けの素晴らしい『値切り』のギフトだったと思うよ? ……笑顔で油断させてグイグイ押し切るとか――話に聞くそのままだったよ」
肩をすくめながら冗談めかして褒めるゼクスの言葉に、リアーヌは「あっ⁉︎」と小さな驚きの声を上げる。
「……どうかした?」
「値切りのギフト使えばよかった……」
「――使ってなかったの⁉︎」
「母さんが言いそうなことは言ってみましたけど……――多分私、あの人との交渉でスキル使ってないです……――つまりちゃんと使えていたらもう一段階ぐらい下げられていた……⁉︎」
アゴに手を当て、ブツブツと言っていたリアーヌはハッ⁉︎ と顔を上げながらゼクスを見つめる。
そんなリアーヌにゼクスは心の中で(だから底値まで下げさせてるんだって……)と突っ込みながらも、無理やり笑顔を浮かべながら、やんわりと釘をさす。
「さすがにあれ以は……次からあそこの店、出入り禁止になっちゃってたかもよ……?」
「そうですか……?」
少し不満げなリアーヌとそんなリアーヌに頬を引きつらせるゼクスを乗せて、馬車は次の目的地に向かうのだった――
◇
「うわぁ……大きなマーケットですねぇ……?」
「アウセレでも三本の指に入るって言われるほどには大きなとこだよ。 港も近いからさまざまな国の商品も取り扱ってるし……品揃えだけで言ったらアウセレで一番だと思う」
「ふぁー……」
リアーヌは目の前いっぱいに広がる大きなバザールの店々に圧倒されたように感嘆の声を上げながら、辺りをぐるりと見渡していく。
(インドっぽいものや中国っぽいものもある。 このバザールもザ・日本! みたいな感じじゃないし……アウセレって日本そのもの、みたいな国じゃないのかな? ――そういえば宿の人やさっきのおっちゃんも着物じゃなかったなぁ……普通の洋服――うちの国と比べるとシルエットが、ゆるだぼっとしてるヤツだけど、和服じゃ無かった……――ま、日本だって和服で暮らしてる人の方が珍しいもんね、そんな感じかー)
「リアーヌの大活躍でとってもいい取引が出来たことだし……ボーナスも兼ねて観光してこう?」
その言葉に満面の笑みを浮かべたリアーヌだったが、少し考えるそぶりを見せてからポソポソと小声でゼクスにとある提案をする。
「――……お寿司とか?」
その言葉にゼクスは大きくため息をつきながらリアーヌに呆れた顔を向ける。
「……たまごのやつは食べたでしょ? あと、なんか茶色いのに入ってたやつ」
その答えにリアーヌは盛大に顔を顰めた。
「たまごとおいなりさんは生ずしじゃありませんもん……」
(せっかく……せっかくあの宿のメニューに握り寿司があったのにっ! 食べさせてもらえたのは、たまごといなり寿司だけ! サーモンやイクラもあったのに……イクラなんか醤油付けになってるんだからそこまでうるさく言わなくったっていいのに……)
「そんな顔して……あのパスタみたいなのは美味しい美味しいって食べてただろ?」
「ラーメンとお寿司は違いますぅー……」
「それはそうなんだけど……――あ、この布素敵だね? それに薄手で涼しそうだ」
ゼクスは更に顔をしかめたリアーヌに苦笑しつつ、なんとか話題を変えようと手近にあった店の商品を指差した。
「布は食べられませんからー……あ、可愛い」
ぶぅ……と頬を膨らませながら返したリアーヌだったが、目にした布の、向こうが透けるほどの薄さと鮮やかな色合い、そしてデフォルメされたかわいい花の模様に、思わず頬を緩ませる。
「……良かった。 ――もう食べ物から離れてくれないのかと……」
ホッとしたような小さなゼクスの呟きを拾った護衛たちが笑いを噛み殺し、アンナたちがほんの少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。




