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「……たい焼きも半分こでいいですか?」
ベビーカステラを堪能したリアーヌは、数種類買い求めたたい焼きの袋を覗き込んだあと、ゼクスに向かってヘラリ……と笑って見せた。
「……俺、食べるの手伝う係だね?」
「――美味しいものはみんなで食べるともっと美味しいらしいですよ……」
「とっても素敵な言葉だけど、俺の目見て言ってもらっても?」
「……たい焼きはちゃんと美味しいはずなので……」
チラチラとゼクスの反応を伺うように見ながらリアーヌは言う。
そんなビクビクとした小さな子供のような反応に、ゼクスはクスリと笑いを漏らしながら、紙袋に手を入れ、一つのたい焼きを取り出す。
「半分こね?」
「はい! あ、ゼクス様が頭のほうでいいですよ」
「……そんな優劣もあるんだね? 魚の形だからか……?」
「一般的に尻尾は中身が少ないそうです。 あ、でもここのおばちゃんは「うちのはしっぽまであんこたっぷりが売りだよ!」って言ってたんで、そんなことはないかと……」
「……――リアーヌ、ただ暴走してたわけじゃなかったんだねぇ?」
「――ちょっと食べ物に夢中になってた自覚はありますけど……暴走したつもりは……」
本気で不本意そうに顔をしかめ、唇を尖らせるリアーヌに、ゼクスは「そっかぁ……?」と相槌をうちながら、頭に思い浮かんだ言葉の数々を黙殺した――
(この子……本気で暴走してないと思ってるのか……)
ゼクスと食べ物をシェアする作戦が功を奏したのか、リアーヌは出された夕飯も全て美味しく平らげることができた。
しかし、リアーヌにとってなによりも収穫だったのは、アンナやオリバーたちに味噌の美味しさを理解してもらえたことだ。
「……野菜につけても? ドレッシングにもなりますのね?」
「スープの味付けにも使えるんだろう? ……レシピ本が手に入ったらうちでも扱えるんじゃないか?」
「そう……ですわね? 今回はみやげとして買っていって、調理場で試してもらうのも……」
リアーヌはそんな会話に聞き耳を立てながら(お家で和食……!)と胸を高鳴らせるのだった。
そしてその日の夜――
「よろしいですかお嬢様? あんな危険な行為は二度とおやめ下さい! お嬢様の身になにかあれば、奥様や旦那様、坊ちゃまがどれほど悲しまれるか!」
「はい! ごめんなさい!」
(きっとそうなんだろうな、と思ってたけど……――想像以上にお説教が長いんですけど……? ちょっとお店に走り寄っちゃっただけじゃん……いや、怒られる気はしてたけど……ここまで怒らなくったって……――どうしよう、眠くなってきちゃったんですけど……?)
――アウレラ到着、第一日目はまだまだ終わらないようだった――
◇
アウレラ到着後二日目の昼過ぎ――
その日は夕飯まで宿には戻らないと言っていたはずのゼクスが宿に戻ってきていた。
「――あれ? ゼクス様どうしたんですか?」
「飛び込みで営業かけたら結構大きめの取引になりそうでさ? ――リアーヌさえ良ければその交渉、見学してみない?」
「……――私ってそういう交渉も練習すべきなんです……?」
不安そうに顔を曇らせるリアーヌに、ゼクスは肩をすくめながら苦笑いを浮かべる。
「……全く出来ません! って周りから思われちゃうのはマズい、かな? ――ただ今回のは本当に見学。 初めての相手だし、最悪まとまらなくてもそこまで痛くない契約だからさ。 見学にはもってこいかなー? って……気が乗らないなら無理にとは言わないけど……」
リアーヌは迷うように後ろを振り返り、オリバーたちに意見を求める。
なにかを言い出しそうなアンナをオリバーが手で制し、優しく語りかける。
「――お嬢様はどうなさりたいですか?
ゼクス様はお嬢様の将来のためを思って提案されました。 お嬢様はどう思われますか? 将来のために行くべきか行かないべきか……」
リアーヌはその言葉を聞き(そりゃ行くべきなんでしょうけど……)と心の中でグチる。
本来ならばそれに(でもあの港の屋台街まだ食べ尽くしてないし、その近くの市場みたいなとこにも行ってないし……)と、続けるはずだったのだが、前半部分を思った瞬間、ほわり……となんだか柔らかいものに包まれたような感覚を覚え、リアーヌはそれがギフトによるものだとすぐさま理解し――……盛大に顔をしかめてしまった。
「……嫌な予感がされますか?」
そんなリアーヌの変化にオリバーは顔を引き締めながらアンナと視線を交わし合い、ゼクスは小さく息を呑んだ。
そんな周りの反応に、リアーヌは(そうだってことにしちゃおうかな……?)と少し迷ってしまったが、すぐさま襲ってきたソワ……に、観念したように口を開いた。
「行ったほうが良い気がします」
「……本当ですか? その……嫌な予感がされるのでしたら男爵には正直にお話になったほうが……?」
「うん! 気なんか使わないで? ……俺も行かないほうが良いかな……?」
「……――その、私は今日も屋台街に行きたくて……でも行ったほうが良さそうな気配を感じてしまって……」
「あー……ね?」
リアーヌの言葉にゼクスは無理やり相槌を打ち、オリバーとアンナはグッと腹に力を込め、ため息を吐き出すことを堪えた。
「……うまく行ったら屋台街回って帰ります?」
「……――終わりの時間次第かな?」
そんなゼクスの言葉にリアーヌは(交渉の時は無理でも、雑談になったらすぐさま切り上げようって言い出そう……!)と心に固く誓った。




