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 心の中で(あんな水、飲ませたってバレたら俺の命が危険に晒される!)と叫びながら。


 その時、ガショガショという音と共に、大きなタラップが船にくくりつけられ始めた。


「お、そろそろですかね……坊たちは先に降りてください。 荷物は俺たちで宿に運んでおきますんで」

「頼むよ」


 ゼクスにそんな言葉をかけたオットマーは、リアーヌに(うやうや)しく一礼すると、小走りにタラップに向かって行った。


「時間もあるし……――ちょっと港の散策でもご一緒にいかがですか?」

「ぜひ!」


 リアーヌは元気良く答えながら、港のそばに並ぶ屋台や市場のような道を見つめ瞳を輝かせていた。


(あの屋台がいっぱい並んでるとこ、お祭りの縁日みたい! ……もしかして浴衣のスチル来ますか⁉︎ ……でも待って? 私目の前でゼクスのあんなお色気浴衣スチルを生で目撃することになったら、鼻血吹いて失神するんじゃ……?)


「ふふ。 約束のボーナスだからね、なんでも買うよ? ――念の為だけと、食べ物以外でも良いんだからね? ……むしろ俺としては思い出に残る品物の方がいいと思ってるんだ――」


と、ゼクスが話している最中にリアーヌの鼻腔を懐かしい――しかし初めての香りがくすぐった。


「……醤油」

「……リアーヌ?」


(――これ、お醤油の焦げる匂いだ……――そうだよ! お祭りの縁日ってことは、つまりそういう食べ物が沢山並んでるってことだよ! え、おにぎりとかある? ……普通のは見ないけど肉巻きおにぎりとか屋台で見たことあるんだけど……ここにもあったりしない⁉︎)


 そんなことを考えながら、もっとよく見つめようと、リアーヌはズンズンと甲板を進んでいく。


「……お嬢様? あんまり手すりに近づくのは危ないですよ……?」


 オリバーが困惑気味に声をかけるが、リアーヌはジッと屋台を見つめながら大した反応を返さない。

 その視線を辿り、その先に屋台が立ち並んでいることを確認したオリバーは、ほんの一瞬だけ嫌そうに顔をしかめるが、すぐさま表情を取り繕い、リアーヌにもう一度声をかけた。


「お嬢様、そんなに熱心に見つめなくても店は逃げたりしませんよ?」


 その時だった――リアーヌの瞳にお握り(・・・)の文字が書かれた看板が写った。


「――あった!」


 歓声を上げたリアーヌはその店に一刻でも早く行こうと視線を巡らせ、船にかけられたタラップの存在を思い出した。

 ――そして、満面の笑顔でそれに走り寄る。


「お嬢様⁉︎」


 咄嗟に捕まえようと手を伸ばしたオリバーの指先は、リアーヌのワンピースに触れるだけで捕まえることは出来ず、オリバーは無理に手を伸ばしたせいでバランスを崩し膝をつくことになった。

「どちらへ⁉︎」

「リアーヌ⁉︎」


 いきなり走り出したリアーヌに声をかけるアンナとゼクスだったが、リアーヌその声に走りながら嬉しそうに答えた。


「アンナさんおにぎりですよおにぎり! 食べに行きましょう!」


 まさか声をかけてもなおリアーヌが止まらないとは思わなかったらしく、二人とも一瞬その背中を見送ってしまう。

 そんな二人が再び正気に戻ったのは「お待ちください!」というオリバーの声と、追いかけるその背中を見てから、だった。


「――天ぷらそばもあるー!」

「……え、お嬢?」

「――元気、だな?」

「……一人⁇」


 歓声を上げながらタンタンタンと軽やかにタラップを降りていくリアーヌに、困惑しながらもそれを見送る船員たち。

 平気なんだろうか? と疑問に思い、ゼクスたちに視線を走らせた瞬間、ものすごい形相でこちらに走ってくるオリバーと目が合うと、身の危険を感じたのか仰反るように道を開けた。


「お嬢様落ち着いて――っ止まれっ!」

「オリバーさんおそばですよ、おそばー!」


 まさか他国で見失うわけにはいかないと、オリバーは声をわざと荒げてリアーヌの足を止めようとするが、リアーヌの耳にはその声が届いていないのか、満面の笑顔でタラップを駆け下り続ける。


(どんだけ食べ物に目がないんだよ⁉︎)


 オリバーはこんな足場の悪い場所で捕まえるよりも――と、判断するとタラップの手すりに足をかけ、なんの躊躇もなく飛び降りる。

 そしてタラップを支える柱に手をかけながら普通の建物の三階分はありそうな高さを飛び降りて見せ――そして見事、タラップの入り口でリアーヌの捕獲に成功したのだった――


「……どうしよう。 俺にはリアーヌを止められないかもしれない……」


 タラップの上からリアーヌがオリバーに捕獲された所を確認しながらゼクスは情けない声を上げた。

 そんなゼクスを押し除けるようにタラップを降りていくアンナ。

 それを見送りながら船員たちは呆れたように肩をすくめ合う。


「アウレラのもんが好きだとは言ってたが、あそこまでとは……」

「大興奮だったな?」

「――あの護衛、どうやって降りたんだ……?」


 そんな船員たちの会話を聞きながら、オットマーに降りると声をかけ、自分の護衛に二人船員を付けてもらい、気合いを入れるように短く息を吐き出してからタラップを降り始めた。


「ゼクス様ー! たい焼きもありますよ、たい焼きー!」

「はーい。 買うからねー。 だからちょっと落ち着こうねー?」


 タラップの下でオリバーに担ぎ上げられ、動きを封じられているリアーヌは、それでも興奮しきりにゼクスに話しかけていて、ゼクスは再び心の中で(あれを止めるとか俺には絶対無理だって……)と呟いた。

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― 新着の感想 ―
「醤油」の香りは日本人のDNA、いや魂に刻まれてますもんねぇ~!ゼクス君ガンバレ~笑笑
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