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「どうした?」
「……いや、私には歳の近い弟がおりまして」
「おう。 知ってるぞ? 次期子爵様だろ?」
「……小さい頃からお菓子を半分あげてまして」
「優しい姉ちゃんだな?」
「……――と言うよりも、内緒にしてたハズなのにいつもバレちゃうんですよ」
「あー……ガキの頃はなー? ちっと考えが足りねぇんだよな?」
(いや、ザームはそんなレベルじゃないんだよ……一度なんか庭の土の中に埋めたのにバレたんだよ……――布で包んで缶に入れたとはいえ、埋めたお菓子は食べたくなかったから、二度目はやらなかったけどあれ埋めてたのを見られてたとかじゃないって絶対!)
「……うちの弟鼻が効くんです。 ――黙ってお菓子食べても口から砂糖やバターの匂いがする! って、すぐバレちゃうんです……それでお菓子独り占めしてズルい! って……」
「――“弟”って名前の犬かなにかの話してるか?」
「……多分人間です」
「多分……」
「――で、弟が騒ぐと「ザームが騒ぐんだから次は一緒に連れて行ってあげなさい」って母さんに言われて……」
「――兄弟なんてどこもそんな感じだわな?」
「……でも、おこずかいかせいでたのは私だけなんですよ?」
「弟だからって側で遊ばれてたんじゃ面白くねぇよなぁ?」
「いや、外だったんじゃ無いか? 写本するようなとこ、無関係のガキは追い出されるだろ」
「あー……?」
船乗りたちは顔を見合わせ、どうなんだ? と言わんばかりの仕草でリアーヌを見つめた。
「……あまりはしゃぐような子じゃ無かったんで……――コピーする紙出してくれたり、コピーしたの順番にまとめてくれたりしてましたけど……」
「なんだ、案外優しい弟じゃねぇか」
「それだけ出来れば上等な部類だぜー?」
船乗りたちの言葉に盛大に顔をしかめるリアーヌ。
そして唇を尖らせながらブチブチと言い訳するように説明を続けた。
「でも、それだけしかしてないのに「俺だって働いたんだから菓子の半分は俺のものだ」って……!」
「……賢い弟くんだな?」
「商人にだってなれるぞきっと」
「おい次の子爵様だっての」
「あ、そっか……」
「――本当に今でも納得いかない……あのバイト見つけたのも交渉したのも力使ってお金稼いだのも、全部私なのに……!」
顔をしかめながらブチブチと文句を言い始めたリアーヌに、船員たちは苦笑いを浮かべながら、まぁまぁと宥め始める。
そしてその中の一人がハッと思いついたように口を開いた。
「憂さ晴らしに、真ん中にドーンと風魔法ぶつけてやりな! スッキリするぜ?」
その言葉にキラリと瞳を輝かせたリアーヌは、ニヤリと口角を上げながら手を持ち上げた。
そしてリアーヌは少しの間目を閉じて集中して自分の手のひらにグググっと力を押し込め、限界を感じたところで一気に解き放った。
一泊置いて――
ドゥン!
という大きな音と共に帆が大きく膨らみ、そしてそのさらに一泊後、船がぐぅん! と大きく前に進んだ。
「うぉ……⁉︎」
座っていた状態の風持ち船員たちですら、ぐらつき甲板に手をつくほどの大きな揺れで、目に入る範囲にいた船員たちも大きくよろめいていた。
「……嬢、本当に力多いな?」
「――本当にスッキリする……!」
苦笑いを浮かべる船員たちに、目をキラキラと輝かせたリアーヌが弾んだ声で話しかける。
そんなリアーヌに、船員たちは肩をすくめ合いながら「そりゃなによりだ」と笑い合った。
「……――もしかして怒られちゃう?」
船員たちの反応に少し遅れて気がついたリアーヌは、不安そうに身体をすくめながらそっとたずねた。
「ははは! 嵐ん時に比べりゃあんな揺れ可愛いもんだ。 気にすんな!」
「そーそー! 何回も続くようなら文句言うヤツも出てくるが、あんな一回ぐらいでぐちぐち言うヤツはいねぇよ――俺たち船に乗ってんだぜ?」
「……そっか?」
船員たちの言葉にホッとしたように胸を撫で下ろすリアーヌ。
その後リアーヌは、時間の許す限り風魔法を使って船を進め続けた。
(ほんのちょっとだけど、揺れを少なくするコツも掴んだ気がしてる! そしてなによりもう全然酔わない! ……私寝るのもここでいい……!)
「……なぁ、あの島ってよぉ……?」
「――まだ一日目だよなぁ……?」
「凪……だったはずだよなぁ……?」
夕暮れに染まる海の向こう。
小さな無人島を見つめながら船員たちは顔を引きつらせていた。
「――このまま行ったら相当早く着くぞ……?」
「進み過ぎ……?」
船員たちの会話を聞き不安になったリアーヌは眉を下げながらたずねる。
「いや、早くて悪いことなんかねぇさ。 水だって食糧だって限りがあんだから」
「――それに早く着くと休みももらえるしなー?」
「はは! そうなったら良いよなぁー?」
ケラケラと笑い合う船員たちの態度で、安心したリアーヌはホッとしたように息を吐くと同時に、ギラリと目を輝かせていた。
(……早く着くとお休み……ってことは、アウレラ滞在が伸びるってことで……――つまり、向こうの食べ物がたくさん食べられて観光だってたくさん出来る……⁉︎)
リアーヌはニンマリと笑いながら、明日からも全力でも船を進める決意を固くするのだった――
◇
「……アウレラって五日で着く距離にあるんだ……」
「――その五日目もまだ昼にしかなってねーんッスよねー……」
目の前に広がるアウレラの港を前に、ゼクスとこの船の船長であるオットマーは呆然と呟き合う。
今回の船旅の予定は片道一週間だったのだが、リアーヌの大活躍によりその期間を二日も早めていた。




