392
胸を張って答えるリアーヌに、船員たちは「そこは『私すごいんで!』じゃないんだな……?」と、苦笑いを浮かべ合う。
「いや本当に、うちの執事や侍女たちが居なかったら、ギフト持ちってことで専門学科にしか入学できてなかったよ?」
「……――ボスハウトの使用人、凄ぇな?」
眉をひそめ、当然のことのように話すリアーヌに、その話が真実なのだと理解した船員たちは感心したようにアンナたちを振り返るのだった。
それに困ったように微笑み会釈を返すアンナたち。
その仕草を見て船員たちはさらに話に花を咲かせ始めた。
「ボスハウトっていやぁ、今は子爵でも元は公爵様だもんなぁ?」
「そりゃ、その血筋なら優秀な使用人だって雇ってられるよなー?」
(……私たちにその血は流れてないのにね……? ザームの子供にはその血筋が戻るから、もう少し我慢してください! 花園に人が増えたから、なんか予算が増えたって話だし、ちょびっとはボスハウト家もおっきくなったと思うんで!)
「……ん? だとして……嬢、六歳ぐらいから稼いでたことにならねぇか……?」
「いやそれは……」
「さすがに……」
そう言葉を交わし合いながら、うかがうような視線をリアーヌに向ける船員たち。
そんな視線を受け、リアーヌはこともなげに頷く。
「そうですよ?」
「ええ⁉︎」
「いくら力が使えるからって……どうやったんだよ?」
「それは……あー……――実は私、違うギフトも使えまして……」
「――ダブルってやつか!」
「……そういや坊の婚約者、風持ちだなんて聞いたことなかったな?」
「確か印刷に向いてそうな……?」
そう言い合いながら首を傾げる船員たちにクスリと笑いながらリアーヌは答える。
「コピーっていって、なんにでも印刷できる能力なんですけど」
「あー! それだそれ! 陶器や革製品にだって印字出来るんだって聞いた!」
「……意外に詳しいですね……?」
隠していたことではなかったのだが、まさかこんな初めましての人物にまで自分のギフトのことを知られているとは思わず、リアーヌはかすかに頬を引きつらせた。
「そりゃ、こっちからしたら坊の婚約者だからなぁ?」
「しかもあの坊が惚れに惚れ込んで、王様に頼み込みにいっちまったんだろ⁉︎」
「一時期はそのウワサで持ちきりだったよなぁ⁉︎」
(……それは確かにウワサになりそう。 近所の息子の嫁の情報ですら、母さんたち超詳しかったもんな……? その話に王様のエピソードまで加わったら、もはやその話は娯楽同然……――そもそもが娯楽のシナリオだもんなぁ? そりゃ面白おかしく言われるか……)
「嬢はどっかの店で働いてたのか?」
「図書館で写本してました。 顔役に仕事斡旋してもらって」
「写本! そりゃいい金になったろ?」
「あー……どうなんでしょう?」
「……写本は高級品だぞ?」
「そうなんですけど……――そこの顔役だった親方には最初から「あんまり割りのいい仕事は回せねぇからな」って言われてましたし」
「――子供だからって……!」
ムッと顔をしかめながら憤る船員たちに、リアーヌは慌てて詳しい事情を説明する。
「その、子供だからトラブル防止で私に任せても構わないって言ってくれる人の仕事しか回してもらえませんでしたし――子供のお小遣い稼ぎで大人の稼ぎ場を荒らすのはあとがこえーんだって言われてたんで……!」
(あこそで働いてた人たちのほとんどは家庭があって家族がいた人たち。 家族がいなくたって、自分の生活を自分で守らなきゃいけないんだから、稼ぎ場を荒らされて仕事にありつけなくなったら確実に恨まれてた。 あれだけの数の大人たちを敵に回すのは絶対得策じゃないって……)
「私はお菓子やちょっとした日用品――お茶や砂糖、ちょっといいお肉なんかが買えればそれで良かったんで……」
リアーヌの説明を聞いた船員たちは、面白くなさそうに鼻を鳴らしながらも、納得はしたようだった。
「……まぁ? そんな子供に仕事取られたら――面白くはねぇか?」
「頭にはきちまうな……?」
「だから子供のおこずかい程度しか稼いでませんでしたし、それでも文句言ってくる人の対応は親方がしてくれてました。 ……その分、上前もはねられてましたけどー……」
「あー……」
「――顔役って感じだな……?」
「……まぁ、取られるよなー?」
身に覚えがあるのか、船員たちは顔をしかめ、うんざりしたように肩をすくめ合いながらリアーヌに同情的な視線を送る。
そんな視線にリアーヌも肩をすくめ返しながら答えた。
「きっとどこでも一緒だよね? でもそこの親方は……割と良い人だったよ。 そのこともひっくるめて全部説明してくれてたし、私たちは最後まで親方にだいぶガメられてる可哀想な子供たちでいられた」
「……良いのか悪いのか」
「――子供だったんなら……安全に働けるだけで悪くはねぇんだろうけどな?」
「……その親方が良いトコ取り過ぎな気がしねぇか?」
そんな船員の言葉にリアーヌはきょとりと目を丸くしながら首を傾げた。
「……どこのどんな職業だって、顔役や元締めが一番良いトコ取ってくんじゃないの?」
「――その通りだな?」
「たまーに一歩引くが、たいがい良い思いすんのは元締めだわな?」
その言葉に頷きながら、リアーヌは(いや待てよ……?)と小さな違和感を感じていた。
(……――一番良い思いしていたの、うちの弟だった説、あるくない?)




