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翌朝、リアーヌは身支度を整えてリビングへと降りて行くと、階段を下り切ったところでウィリムヴァルムと出会った。
一礼し朝の挨拶を交わし、いつものようにリビングへと入ろうとすると、ヴァルムがソッと近づき、耳のそばでソッと語りかけてきた。
「おおよその根回しは完了いたしました。 ご友人とラッフィナート家に話していただいても問題はございません」
そういうとニコリと笑って一礼し、リアーヌを促すようにリビングへと手を広げてみせる。
「――は……⁉︎」
(え、イヤだって……昨日の今日どころか、経ったの一晩ですが⁉︎ ――え、コネ? コネがあるから⁇ ……まさか本当に王族にコネがある……⁉︎)
目を見開いてヴァルムを見つめ返すリアーヌ。
そんなリアーヌの様子に、微かに満足そうな表情を浮かべたヴァルムは「詳細は皆様が揃いまして――……いえ、食後にでも」と微笑みながら、固まるリアーヌを促しダイニングへと誘導すると、いつものように食事の準備を始めるのだった――
◇
(ヴァルムさんの言ってる“根回し”が私の知ってる“根回し”と全然違うんですけどー……?)
食後にヴァルムから聞かされた根回し完了の詳しい説明を聞いたリアーヌは、困惑したがら心の中でそう呟いていた。
ヴァルムの説明はこうだ。
今のままなにもせずに、私の進路に対して王家に横槍を入れられた場合、ボスハウト家やラッフィナート商会では、その要求を躱すことが非常に難しくなる。
(そりゃこの国のカーストのトップにいるのが王族で王様だもんねぇ……子爵家や金持ちの平民が突っぱねられる訳がない)
最悪の場合、すでに契約を交わしているラッフィナート商会がリアーヌをエサに王家と取引する可能性すら考えられた。
ラッフィナート商会は現在、王族貴族たちからの『叙爵を受けるべき!』という助言という名の圧力に耐えている状態だ。
叙爵し貴族となると、立場に伴う責任、そして役割りが発生する。
……つまり『貴族にしてやった恩を返せ』『金を出せ』と、国のためにラッフィナート家の財産を差し出せ――と迫られている状態だった。
もちろんそのような、不利益しか被らない条件での叙爵をラッフィナート側が良しとするわけもなく、水面下では金をばら撒き、その人脈を使って少しでも旨味のある条件に変えようと策を巡らせている真っ最中だった。
そこに【コピー】を持つリアーヌが現れればどうなるか――あくまでも最悪の事態に備えての話だったが、その話を聞いたリアーヌは(きっとゼクスならやる……そして申し訳なさそうに「ごめんねぇ? 俺だって抗議したんだけど……相手は国だし……」とか言って魅了スキル発動させるんだろ⁉︎ ――ヤバい実際見てきたのかってぐらい鮮明に想像がついてしまった……――これはやるわ……アイツは確実にやる男だわ……)
ゼクスのことは知らないヴァルムだったが、ラッフィナートのことは知っているヴァルム。
契約を結び、勤務地が決まっていない状態のリアーヌの危険性を把握していた彼は、それらの可能性を一気に低くするため一つの策を講じた。
それは、ラッフィナート商会とリアーヌの間で交わされた契約を、国王の認証を得た、この国で一番効力の強い契約に変えるというもの。
――これがヴァルムのいうところの根回しだった。
――その説明を聞いていたリアーヌ、そして家族たちは全く気がついていなかったが、この契約は国王が認証印を押して初めて認められるものなので、通常であればそれなりに時間がかかり、なおかつ契約相手の同意も無しに出せるものでは無かったのだが――実際ヴァルムは一晩のうちに認証を受けてきた。
……つまりはこれこそがヴァルムのいう昔のツテが今も有効であることの証明にほかならなかった。
――その事実にこの家族の誰もが気がついてはいなかったが。
(……つまりは国王自身に私とラッフィナート商会との契約を認めさせて、王族が後からちょっかいかけられないようにしておいて、なおかつラッフィナート側が好き勝手な解釈で私を王族に差し出そうとしたって、王様が認めた契約なのに、商家如きが勝手な解釈で契約内容を捻じ曲げる……? あり得ないよね⁉︎ って牽制しといたからね! ってことか……――いやー。 優秀な人だとは思ってたけけど――やっぱりヴァルムさんてば優秀。 任せてたらたった一晩で全部が丸く収まってる……一生頼りにする)
◇
「なるほど……流石はボスハウト家の執事、ですわね」
いつものベンチに座り、昨晩から今朝にかけて起こった出来事を聞いていたビアンカは、ヴァルムがかなり強力なツテやコネを持っていることを正しく認識して、素直に感嘆していた。
「ねー? 多分あの人居なかったら、うち回ってないよきっと」
未だにきちんと理解していないリアーヌは、いつも通り脳天気にヘラヘラと笑っている。
そんなリアーヌの態度に呆れたような表情を浮かべたビアンカだったが、一つ大きく息をついてもう一つの疑問を口にした。
「それでその条件で……出来ましたの?」
“コピー”とも“ギフト”とも口に出さす、指をうろつかせながらビアンカがたずねる。
「あ、うん。 家族全員分出来ちゃって……でも、執事が渡したくないって思ってくれて、無事に嫌がられてたらコ……出来ないんだってことも確認とれた」
リアーヌもビアンカに習い、少々危なっかしくはあったが、ちゃんと言葉を濁して答えた。
「――執事が……?」
リアーヌの説明にビアンカが疑問の声と共に首を傾げる。
「……どうかした?」
「いえ……」
リアーヌにたずねられ、一度はなんでもない……と、首を横にふったビアンカだったが、やはり好奇心を抑えることが出来ずに、身体ごとリアーヌに向き直って口を開いた。
「なんだか……あなたから聞いてイメージしていた方と、違う気がして……いえ、でもそうよね。 その方だって人間ですもの、自分のギフトを渡すのは、ためらいがあるわよね」
質問していたはずのビアンカだったが、最後にはリアーヌの答えを待たず、自分の思考の中で独り言を言っているような状態だった。
リアーヌはそんなビアンカに小さく首をすくめてベンチの背もたれに背中を押しつけながら「あー……」と少し言いにくそうに口を開く。
「……本当は弟にヤダ! って思ってもらって、出来るかどうか試そうとしたんだけど……――その時フッと……ね?」
そう言いながらリアーヌは何かをごまかすように首筋に手を添える。
なにかやましいことがありそうな雰囲気に、ビアンカはジトっと視線を険しくして「フッと?」と続きを促した。
リアーヌは軽く息を吐くと、首に手を当てたまま言いづらそうに答えた。
「――ちょっとだけイタズラ心が疼いてしまい……」
「――あなた自分の置かれている状況が分かってますの?」
ビアンカの視線がまた一段と冷たくなったのをリアーヌはその肌でハッキリと感じとった。
「めんぼくない……」
「――で? 今度はなにをやらかしたのよ?」
シュン……と項垂れてしまったリアーヌに一切の容赦をせず、ビアンカはフンッと鼻を鳴らしながらたずねた。




