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「……貴族ってみえとかが大切だって言ってなかったか……? 財布の紐が固い主婦みてぇなこと言うなよー……」
現役貴族であるリアーヌたちの会話に、ヨッヘムは眉と肩を下げながら、情けない声で答える。
その言葉に顔を見合わせた姉弟は、同時にヨッヘムに視線を向け同時に口を開いた。
「でもお高いんでしょう?」
母であるリエンヌを思わせるその言葉に、ヨッヘムは店主と視線を交わし合って小さく笑いを漏らす。
「そりゃあな? さっきも言っただろー? 船で運ぶから余計な金がかかるんだって。 ラッフィナートぐらいデケェところだと、大量に仕入れて一気に運ぶから、その分値段を抑えられるんだけどな?」
「……やり方分かってんなら、おっちゃんも出来んじゃねーのか? アウレラで仕入れたスパイスは人気なんだろ?」
「……うちの店でそんなに捌けるかよ……売れ残ってダメにしちまったら破産だぞ?」
「あー……そっか。 食いもんだからずっとは置いておけねぇのか」
「そういうこった。 しかもラッフィナートは専属の船に加えてお抱えの船乗りたちまで確保して世界中から品物買い付けてっからなぁ。 そりゃ儲かる仕組みぐらいは知ってるぞ? 商売の基本は安く仕入れて高く売る、だからな。 ……知ってたって簡単にゃ出来ないから苦労してんだけどな?」
「……? 姉ちゃん分かったか?」
「んー……多分、うちの国で小麦がたくさん取れすぎちゃった時、売れなくて困ってる人から沢山買って、あんまり取れなかった国に売りに行く――それをやれば儲かるって知ってるけど、海外にたくさんの小麦を運ぶのは大変、ってことだと思う」
リアーヌは説明しながらヨッヘムに確認するような視線を向け、ヨッヘムはそれに大きく頷き返した。
リアーヌはホッと胸を撫で下ろし、ザームは瞳を輝かせながら姉に尊敬の眼差しを送り、リアーヌの鼻を少し高くした。
「――そういやラッフィナートにもお抱えがいるんだな?」
「あー……坊の考えてるお抱えとはちょっと違うお抱えだな?」
「……庇護下に入れてんじゃねーのか?」
「多少は守るんだろうが……それよりも優先的に仕事を回す、って感じだなー。 船乗りのほうは定期的に仕事にありつけて、ラッフィナートは人手不足にならねぇ……あそこぐらいデカい船団組むと、人を確保するのだけで一苦労だろうからなー」
「……なんか、話のスケールが違うな……?」
「うん。 お金持ち! って感じ」
ヨッヘムたちは再び二人の会話に肩をすくめあってクスリと笑い合う。
「……お嬢たちのほうが貴族なのにな?」
「嬢なんか、ゆくゆくはそこの若奥様じゃねーか」
「……とりあえず、ラッフィナートのおばあさまの言うことを聞いておけば間違いないと思ってる……」
リアーヌのその発言に、ヨッヘムたちは顔を寄せ合いながら、ヒソヒソと言葉を交わし合う。
――その声はザームのように身体強化を上手く扱えないリアーヌの耳にすら、はっきり届く程度の小ささだったのだが。
「――嫁としちゃ良い心がけだって言われそうだが……?」
「なんかこう……――ダメな気がするよなぁ?」
「……だからこその明日の旅行なんじゃねぇか?」
「あー……とりあえずみて覚えさせようって……」
「――そうなると、俺の提案がいい練習台になるんじゃねぇか?」
「……いくら規模が違ぇって言っても、ラッフィナートがよその店の品物まで守ってくれるか……?」
「――大店には大店のメツンがあんだろー? 未来の若奥様がどこぞの問屋に食いもんにされんのは見過ごさねぇだろうし、うちだってボスハウト家のお抱えだぜー? その荷物を邪険に扱うと思うか? それに万が一なにかあったとしても、ヴァルム様が絶対になんとかしてくださるね!」
「……それは、確かに?」
店主が納得した同じタイミングで、リアーヌとザームも力強く頷きあう。
「――よぅし! お嬢どーんと金五十出す! 混ざりもん無しの良品見極めて、変えるだけ買ってきてくれ!」
「……ごっ⁉︎ え、本気……?」
目を丸くしながら確認するリアーヌに、ヨッヘムは腕組みしながら鼻息も荒く頷いた。
「おう!」
「いや……いやいや! ムリ、無理だよ! そんな大金預かれないっ!」
「おいおい将来のラッフィナート商会夫人が、こんぐらいでビビんじゃねーって!」
「普通にビビる額でしょ⁉︎」
「将来はそんなモン端金に感じちまうような取引しなきゃいけねーんだから! ……練習だと思え練習!」
「……一理あるのかもしれない」
(……確かにこの機会にそんな大金で買い付け出来たら良い経験になりそうだし、ゼクスとかラッフィナート商会の人が助けてくれそう……――いや、将来、仕入れなんて重要な仕事が私に回ってくるのかどうかは怪しいところだけど。 でも経験しておくに越したことは無い……まぁゼクスが許可を出してくれれば、ってのが大前提なんだけどねー)
「――分かった。 とりあえず言うだけ言ってみる」
「おう! ダメならダメでいいんだ。 許可もらえたら儲けもん程度の提案だ。 だから無理はしねぇでくれよ?」
「うん!」
「じゃあ……明日の朝イチで顔出させてもらっていいか?」
「うん! あ、もし許可が出た時用に、メモみたいなの欲しい。 スパイスの名前とこのスパイスはこのぐらい欲しいみたいなやつ」
「――任しとけー!」
ヨッヘムが元気よく胸を叩いたところで、話に区切りが付いたと判断したザームが立ち上がる。
それをきっかけにヨッヘムと店主は酒場へ繰り出し、リアーヌたちは配達をこなしてから帰路に着いたのだった。




