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しかしリアーヌたちはその言葉に笑顔を浮かべ返せなかった。
あー……と言葉を濁しながらザームと視線を交わし合う。
「肉嫌いだったか?」
そんな二人の反応に、戸惑うようにたずねる店主に答えたのはザームだった。
「いや、今でも大好きだ。 ――姉ちゃんだけはレルリンガじゃなく、アウレラに行くんだ」
「――アウレラ? アウレラって島国のあのアウレラか?」
ザームの言葉にヨッヘムが反応し、ザームは頷きながらさらに説明を重ねた。
「そのアウレラ。 男爵の商談についていくんだと」
「……名目上は視察旅行への同行でーす」
このままいくと、本当にゼクスと避暑旅行に行ったと言われそうな不安を感じ取り、リアーヌは「お仕事の一環ですよー」と、やんわりと釘を打った。
「視察じゃねぇとまずいのか?」
なにかを感じ取った店主は首を捻りながらたずね返す。
「……まだ結婚してないんで?」
「……二人っきりじゃあるまい?」
「それでもダメなのかお貴族様なんで……?」
「――苦労してんだなぁ?」
「……アウレラ行けるのは楽しみ」
「楽しんでこい……?」
「――みやげ忘れんなよ?」
リアーヌと店主の会話に割り込んだザームは、もう何度目になるかわからないほどの念押しを再度行う。
「……もうそれ聞き飽きたって。 ソフィーナ様の分までちゃんと買ってきます! これでいい?」
うんざりしながらも答えを口にするリアーヌ。
これを言わない限り、ザームが納得しないと、今までの経験から知っていた。
「――なぁ嬢」
そんなリアーヌに神妙な声をかけてきたのは、どこか探るような目をしたヨッヘムだった。
「……なに?」
「――バイトしねーか?」
「……私明日から外国ですが……?」
「その外国でやるバイトだよー」
「――ちなみにどんな?」
「あの国はいいスパイスが集まってくるって有名なんだ」
「――そうなの⁉︎」
(その話、初耳ですけど⁉︎ ……まぁ、日本的イベントの帳尻合わせの為の国って認識しかしてなかったけど……この世界に存在するんだから、そりゃ私が知らない一面の一つや二つ普通にあるか……)
「おー。 なんでも美食家が多いらしくてな? 海外からたくさんのスパイスを買い付けてるんだと。 んで、そのアウレラ人も認める上手いスパイスってことで、アウレラで売ってるスパイスはこの国で人気が高けぇんだ。 だから嬢、おっちゃんの代わりにスパイス買い付けてきてくんねぇか?」
「買い付けって……」
戸惑うリアーヌを拝むように手を合わせるヨッヘムがさらに言葉を重ねる。
「ラッフィナートみてぇにでっかいトコならアウレラの商品なんて扱い放題なんだろうが、うちみてぇに小っちぇーとこなんか、アウレラのスパイスなんて中々扱えねぇんだわ」
(――そりゃそうだよね? だってラッフィナートの買い付けって、でっかい船五隻ぐらい繋げてたどデカい商船団で行くって話だし……――そんな規模……その辺のお店じゃ太刀打ちできないんだろうなぁ……)
「船動かすのってお金かかるみたいだもんね?」
「それもそうだが、うちで捌ける量なんてたかが知れてる。 ラッフィナートみてぇに大量に買い付けたって捌き切れねぇ」
「あー、そう言う問題も……」
「だから頼むよ嬢! バイト代はずむから」
「――本当?」
「任せろ!」
――リアーヌは現在、アウレラ旅行に向け、自分で自由自在に使える“おこずかい”という金銭に、とても飢えていた。
(今度は絶対に好きに買い食いしてやるんだから……! 前回はアンナさんにお財布を握られてたから諦めた食べ物たちも、今回は全部自分のお金で食べ尽くしてやるんだからー!)
リアーヌの心がバイトを受けるほうにだいぶ傾き始めた頃、ザームがボソリとリアーヌに声をかけた。
「――姉ちゃん、あんまやりすぎるとデザート……」
「――それは絶対ダメ」
ザームの指摘にキッパリと答えたリアーヌだったのだが……
「……やっぱ、ダメかー?」
その言葉にヨッヘムは大きく肩を落とし、情けない声を上げた。
「あ、いや……えっと――ゼクス様に聞いて許可が降りたら、そのバイト受けるってことでも良い?」
「弾む!」と断言されたバイト代を諦めたく無かったリアーヌは、考えを巡らせて自分にとって一番良いであろう方法を提案した。
「おおお⁉︎ 全然かまわねぇよ! 聞いてもらえるだけでありがてぇ!」
「……ちなみになんだけど、どんなスパイスが欲しいの?」
「んー? そりゃどこにでも売ってるよく見るスパイスでかまわねぇんだよ。 アウレラから買い付けたってのが、売れる条件なんだから……――そうだな胡椒は絶対として……あとは、ナツメグ、レッドペッパー……生姜にローリエなんかも、よく売れるな?」
「……本当にその辺で見るスパイスだね……?」
「人気が高いから、その辺でよく見るんだろ?」
「……なのにわざわざ買い付けてくる必要がある……?」
「あるある! ものにもよるが、全く別物に感じるくらい変わるスパイスもあるぐれぇだ。 味にうるさい店はもちろん、その辺の美食家気取ってる奴らも、アウレラで売ってるスパイスを欲しがるんだぞ?」
その言葉にリアーヌとザームは顔を見合わせる。
「――うちは安いので良いよね?」
「だな? そんなもん無くても、うちの料理は美味ぇ」
――ボスハウト家のシェフが、好んでアウレラで買い付けられたスパイスを使っている、という事実は知らないようだった。




