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(このバイト受ける前、こっそり回復使うかどうかって話にもなったけど、命の危険が無いなら……ってことで、私は動かないことになったんだわけだけど……)
リアーヌは一人気まずそうに前髪をいじりながら店主たちから視線を逸らした。
(――うちのお抱えに診療所もあるから、その人たちの仕事を奪えないし……私がなにかやったってバレちゃうと、ちょっとマズいことになるから……――命の危険がなかったとしても、病気は辛いだろうに……)
顔をしかめ続けるリアーヌに、店主が肩をすくめながら声をかける。
「――そんな心配すんな。 あいつらが危なかったら俺だってこいつと飲みに行こうなんて考えねぇよ。 診療所の先生に見てもらって、あとは二、三日安静にしとけって言われてんだ」
「職人はなぁ……?」
店主の話に、同情するように顔をしかめるヨッヘム。
「ああ。 体調が悪いからって下手なもん作られたって金なんか払えねぇ。 んなもん売ったらうちの信用に関わる。 絵付けは集中力もいるからな……――体力が回復するの、待つしかねぇよ」
(……あれ? これは本当に回復するのを待っているだけ説……?)
「……寝たきりなんじゃねぇの?」
リアーヌと同じ疑問を感じたのか、ザームが首を傾げながらたずねる。
「あー先生曰く『病気を治したからってそれで削られた体力が戻るわけじゃ無い。 安静に寝ていれば二、三日で仕事に戻れる』ってことらしい。 無理しねぇ程度なら動き回れるんだろうが……――うちで振る舞った料理が原因だろ? アイツもなんかしてやりてぇんだろうな?」
「あー……」
(なるほど……罪滅ぼし的な意味合いもあるのか)
少ししんみりしてしまった空気を感じ取ったのか、店主はわざとおどけた声色で話し始める。
「――まだ若ぇのなんか、回復も早ぇからよぉ! 『稼ぎが減るのが嫌だから自分は仕事に出る!』なんて言ってたぐれぇだ。 ――もちろん止めたがな?」
「本調子になるまで、ゆっくりすんのも仕事だわな。 しかも手に収まるもんに細けぇ絵加工すんだろー?」
そう言ったヨッヘムの言葉にリアーヌはようやく絵付け職人たちの本来の仕事ぶりを思い出し、あっと、小さな声をあげていた。
「――そっか。 みんな筆で描くんだ……そりゃ集中力いるね?」
その言葉でリアーヌがどんな勘違いをしていたのか理解した面々は、ケラケラと楽しそうな笑いを上げ始める。
「はははっ、お嬢みてぇに手をかざしただけで絵を描ける奴は他にいねぇなぁ?」
「絵の具も筆もいらねぇんだろ? すげぇよ……」
「しかもどれもこれも全く一緒! 寸分の狂いもない……ギフトってのは神の力ってのは本当なんだなぁ……」
しみじみと言う店主の言葉に、リアーヌは照れ臭そうにしながらも、ほんの少し感じていた不安を口にした。
「――でも、全部一緒になっちゃうから……つまんないでしょ?」
以前、どこかのお茶会で、出された食器を見せられながら『ここの職人は遊び心があって、どの絵柄も少しづつ変えていて……ほらリアーヌ様のカップにはウサギがいますけれど、私のカップは小鳥でしょう? ――楽しいですわよね⁉︎ ……これに慣れてしまうと、全く同じ絵柄はつまらなくて……』と言われたことを覚えていて、そこから『食器の絵は全部違う方が楽しく、良い食器』と覚えていた。
「……? ここまで綺麗に揃った絵は中々見ねぇ。 たくさん買って並べておきたいって客は多いと思うぜ? 手書きでこれをやろうとしたら大仕事になるからな?」
「それは――そうなのかも……?」
「うちとしちゃ、頼まれた絵柄を頼まれた数頼まれた日までに仕上げられそうで万々歳だ。 本当にありがとな? 旅行前で忙しかっただろうに……」
肩を落とし申し訳なさそうに言う店主に、リアーヌは慌てて声をかける。
「だから今日は予備日だからなにも予定が無い日なんだって!」
「予備日?」
リアーヌの言葉に反応したのはヨッヘムだった。
「んーなにやってもいい日? 今日みたいに予定外の用事をちゃんと済ませられるように抑えてある日なの」
「そんな日が……なにもやんなくていい日かぁ……良いな? 俺らも取り入れた方が良いんじゃないか?」
「バカいえ、お嬢たちの相手はお貴族様なんだよ」
漫才のようなやり取りにクスクスと笑いながらリアーヌは頷く。
「だね。 主にお貴族様用に予定を開けてる日。 相手によっちゃ「ごめん無理!」なんて言えないから」
「……お貴族様でも言えねぇのか……」
顔をしかめながら言うヨッヘム。
それに合わせるように顔をしかめて、リアーヌも答える。
「……うち子爵だもん。 下から数えた方が早いし……」
(と言うか、下には男爵しかありませんよ……)
「大変なんだなぁ……?」
同情的な視線をリアーヌたちに向けるヨッヘムに、店主はケラケラと笑いながら「けど明日からは楽しい避暑旅行だぜー?」と、おどけるように声をかける。
「お、良いねぇ? いつ出発だ?」
「……明日?」
「おう……そりゃ――運がいいのか悪いのか……」
ヨッヘムはなんとも言えない顔を店主に向けながら言った。
「なんとかなったんだから悪くはねぇだろ。 ――ネルリンガの牛はうめぇって評判だ。 しっかり食ってこいよ?」
前半はヨッヘムに返し、後半の言葉はリアーヌたちにかけながら、ニカッと笑顔を浮かべる店主。




